私の心情(261)―資産活用アドバイス113 2000兆円の高齢者資産の活用が急務

高齢者の資産総額も推計

前回のブログでは個人資産(=個人金融資産+個人保有の土地など)のデータを2022年までアップデートして、改めてバブル経済以降の個人資産の推移を紹介しました。今回は、その巨大な資産、3200兆円をいかに活用するかを考えるために、高齢者の保有状況を推計した結果を紹介します。特にデキュムレーションの観点からみると、高齢者がどれくらいの資産を保有していて、どう使い切れていないのかは非常に大切な視点になります。

60歳以上が6割の資産を保有する

全国家計構造調査の2019年データ(最新)をもとに、年代別世帯保有資産平均値と世帯数を掛けて総額を計算し、年代別の保有比率を計算する方法で、高齢者の保有割合を推計してみました。なお、個人金融資産では年金準備金が含まれていますが、全国家計構造調査にはそうした項目はありませんので、推計はかなりラフなものになります。

その結果は、グラフにある通り、60歳以上の金融資産残高(全国家計構造調査の項目名)は63.5%となりました。同様の手法で土地の保有(全国家計構造調査では住宅と宅地)に占める60歳以上の構成比は58.4%でした。どちらもほぼ6割という結果です。

2000兆円が休眠化

3200兆円の個人資産のうち、60歳以上が占める比率が6割とすれば、その総額は推計で2000兆円弱になります。この規模は、2024年4-6月の名目GDP607.6兆円の3.3倍、民間最終消費328.5兆円の6.1倍に相当しますから、かなり大きな影響力を持っていることが覗えます。

しかし、高齢者の資産はなかなか使われていないのが実情です。2024年度「経済財政白書」の「家計の金融資産投資構造の現状と課題」 の章で、高齢者の経済活動に関して「蓄積された金融資産が、老後の経済活動に使われる程度は限定的」と指摘しています。そしてその背景として、①生活への不安から長生きリスクを強く意識していること、②子ども世代の生活が自分たちよりも悪くなると思う人が増え、相対的に少ないとはいえ遺産として残したいと考える人が増加傾向にあること、の2つを挙げています。

ちなみに同白書によると、2023年の消費全体に占める60歳以上の構成比は42.2%とのこと。構成比は大きいように見えますが、人口構成比との比較でみるとそれほど高くありません。特に70代以上は人口構成比(20歳以上の人口構成比)が27.6%あっても、消費に占める割合は25.2%で、それを下回っています。その結果、人口構成以上に消費構成比が高くなっている40₋50代に対して、60代以上は人口構成並みにとどまっています。

相続市場は50兆円にも

高齢層の消費が停滞気味になることは、高齢者の保有する資産がなかなか減らないために資産が積み上がり易くなります。本来は退職時点の保有資産が最も多くなるはずですが、実際には「亡くなる時の資産が最も多い」などと指摘されることになります。その結果、相続市場が大きくなっていきます。国税庁の「令和4年相続税の申告事績の概要」によると、亡くなった方すなわち被相続人の数は2013年の127万人から2020年には137万人、そして2022年には157万人と増加しています。

また課税対象相続人の数も税制変更があった2015年の10.3万人から2022年には15.1万人にまで増加しています。また相続税の課税価格の総額は2015年の14.6兆円から2022年には20.7兆円と初めて20兆円台に乗せました。また非課税対象の資産まで含めると、相続市場は50兆円程度に達するとの推計もあります(参考資料として下記3つを参照ください)。

「多死社会で増加する相続をめぐる課題」、日本総研主任研究員下田裕介、2024年3月

「世代間資産移転の実態と政策課題」、一橋大学経済研究所教授北村行伸、季刊個人金融、2019年春

「超高齢社会における相続の実情と地方経済への影響」、野尻哲史、季刊個人金融2019年春

老老相続の実態

巨大な相続市場はさらに大きな課題を抱えています。その相続が高齢者から高齢者へと資産を移転させる点です。

2024年度の「経済財政白書」によると、被相続人の年齢構成では、80歳以上が1989年の4割弱から2019年には72%にまで高まっています。一方で相続を受ける側の相続人の年齢構成は2022年で60歳以上が52%強と半数を超えています。良く言われる老老相続の実態が非常によくわかります。

この流れが続くと、高齢者が抱える資産はいつまで経っても高齢者の中で回流し続け、経済に流れ出さないことで休眠化してしまいます。その結果、高齢層への資産の更なる集中が起きることにもなりかねません。

相続で資産が地方から都会に

相続の持つもうひとつの課題は、資産を地方から都会に送り出してしまうことです。被相続人の多くは地方に居住し、相続人は都会に住んでいますから、相続が発生すると資金は地方から都会に流れ出します。また老老相続の課題を解消しようと世代を超えた贈与を行っても、資金移動においては同じです。超高齢社会は多死社会でもありますから、毎年、死亡者は増え続け、相続市場も大きくなっていく懸念があります。それによって地方から都会への資産の移転は深刻さを増すことになります。

相続に至る前に高齢者が資産を少しでも消費に回すことができれば、相続資産は少なくなります。それは地方から都会への資金流出を抑制するだけでなく、消費の拡大を通じで地方経済にも好影響をもたらします。もちろん子どもや孫たちに残すと決めた資産を減らす必要はありません。しかし、「使わないようにしよう」として残してしまった資産が積み重なるのは避けたいところです。上手な残し方、使い方が求められます。

なお、退職後に個人の生活費を抑えるという視点で地方都市移住に言及することが多いのですが、それは退職金や相続資産を持った退職世代が地方都市に移住することで、物理的に都会から地方に資金を逆流させるという効果も期待できます。退職世代の地方都市移住は、日本経済の抱える地方経済の活性化という視点でも大きな可能性を秘めているといえます。

高齢者の消費の持つチカラ

相続市場規模の1割、5兆円が消費に漏れ出すだけで、その乗数効果も考えるとGDPを1%以上押し上げる力になります。60歳以上の消費は、民間最終消費328.5兆円の42.2%を占めるのであればその総額は138.6兆円となります。5兆円の上乗せは、60歳以上の消費の構成比を1ポイントほど押し上げることになります。

しかし、消費に漏れ出す5兆円は、前述のとおり高齢者の保有する資産総額2000兆円のわずか0.25%にすぎませんから、過剰に消費するというほどの規模ではありません。

デキュムレーションの貢献

資産の取り崩しとか、デキュムレーションの考え方からすると、高齢層の消費を喚起させる余地は大きいとみています。退職後に一定期間の「使いながら運用する時代」を設定し、「率」を意識した引き出しを行うことで、目標の資産残高を確保しながら、その年に「使い切っていい引出額」を計算していきます。毎年計算される引出額が「使い切っていいお金」というマインドセットが構築できれば、消費に前向きになっていくのではないでしょうか。

「Die with Zero」といった書籍(ビル・パーキンス、ダイヤモンド社)がベストセラーになり、僭越ながら23年に上梓した弊著『60代からの資産「使い切り」法』(日本経済新聞出版)も重版を重ねました。これもそうした意識が広がってきたからかもしれません。