私の心情(236)―資産活用アドバイス99―NISAで生涯、投資とどう向き合うか?
前回のコラムで、退職後のポートフォリオのリスクを下げるという視点で新NISAをどう使うかを考えてみたのですが、もう少し深掘りしてみるとスイッチングの壁が見えてきます。退職世代にとっては思った以上に荒波なのでは。皆様のご意見もいただければ幸いです。
年収に合わせて資産形成を考える
私は、資産形成における年間の投資額を
年間資産形成額 = 年収 x 資産形成比率
で考えることを勧めています。年間にいくらの投資額をすべきかと考える時に、年収をベースに考えるべきだというメッセージです。通常の時代には、例えば資産形成比率を10%と設定し、一度設定したらできるだけ変えないようにして、それでも子育てに資金のいる時代はこれを5%に落としたり、8%に下げたりするといった柔軟性も持たせます。逆に子どもの学費を終えて、住宅ローンにも目処がついてくれば、その比率を12%に引き上げるといったことも可能になります。
もちろん、10%はとても高いと感じる方も多いかもしれません。その方には、企業型確定拠出年金の拠出額、iDeCoでの投資額、社内預金や持株会への拠出など、既に使っている制度の金額まで合わせてみてはどうでしょう。意外に既にかなりの水準になっているかもしれません。まあ、何も10%にこだわる必要はなく、8%でも6%でもいいのですが。
資産形成層にメリットが大きい新NISA
2024年からスタートした新NISAは、資産を作り上げる人たちいわゆる資産形成層にとっては、非常に使いやすいものになったと思います。しかし、資産活用層にはまだまだ課題が残っていると感じます。そのポイントを説明していきます。
まず資産形成層向けです。新NISAの年間非課税投資上限額はつみたて投資枠で120万円、成長投資枠で240万円と設定され、合計最大360万円です。もし年収の10%ルールを適用すれば、年収3600万円の人までこの投資上限を活用できる計算となります。とんでもなく大きな金額です。また、年代別の平均年収を400万円から600万円台だと想定すれば、ほとんどの生活者が、全ての投資額を新NISA内で済ますことができる規模になったわけです。
年収の10%の投資で、65歳までに1800万円の総投資額!
例えば、年収の10%を投資するとして、30代で平均年収が400万円なら年間40万円、10年間で400万円の投資額になります。同様に、40代で平均年収500万円ならその10年間で投資額は500万円、50代で平均年収600万円であればその10年間の投資額は600万円となります。さらに65歳まで働くとして、60代も平均年収600万円のままで5年間積立投資を続ければ、投資額は300万円となります。これで、30歳から65歳までの累計投資額は1800万円となり、生涯非課税投資額1800万円の枠内でちょうど収まります。
現役世代にとって生涯非課税投資額1800万円は十分大きな金額ですから、その天井を懸念することはありません。またその残高を途中で引き出して使っても、翌年以降に復活できることになったため、これも若年層における使い勝手の良さといえるでしょう。
退職世代の資産活用層には課題も多い
ただ、新NISAの課題は、退職して出来上がった資産を取り崩すようになった資産活用層にとっての使い勝手の悪さにあります。
前述の例でみると、65歳の時点で生涯非課税投資額1800万円を使い切っているとすれば、退職金や企業型確定拠出年金の一時払い分などは新NISAに加えることができません。日本では退職時点で現金の比率が高くなることが多く、その資金の運用に制約がかかる懸念が残るわけです。もちろん現役時代に年収の10%を投資に回せなかった人は、退職時点の退職金などを使って投資をすることで1800万円まで投資することも可能になります。ただ、もし退職時点でのまとまった資金(例えば退職金)の投資となれば、年間360万円の上限が課題になるかもしれません。
リスク低減が求められる時代
新NISAのみならず、企業型確定拠出年金やiDeCoなどが整備されたこと、さらに金融経済教育推進機構の設立などで、今後多くの人が現役時代に積立投資をすることが増えると期待されます。収益性の高い投資対象(最近で海外株式指数に連動するインデックスファンドが人気とか!?)を、長期投資と分散投資さらに積立投資でリスクを抑える運用が進むことになると思います。
しかし退職して生活に必要な分を少しずつ取り崩していく「使いながら運用する時代」に入ると、運用対象をよりリスクの低いものに切り替えていく必要が出てきます。前回のブログで紹介したように、バランス・ファンドやターゲット・デート・ファンドなどが候補になってくるでしょう。
価格変動の大きい投資対象はその変動が大きい分、定額で引き出せば収益率配列のリスクが大きく、思った以上に元本が毀損するリスクが高くなります。残高に対する「率」を意識した引き出しの場合には、リスクの大きい投資対象で運用していると、毎年の引出額が大きく変動してしまいます。
スイッチングができない硬直性
そこで投資対象のリスク性比率を下げようとすると、現状のNISA制度の中では課題が残ります。スイッチングができないため、一度売却すると翌年まで買い戻せないからです。また翌年まで待てたとしても、年間の投資上限は360万円分までですから、一度に買い戻せないかもしれません。かなり柔軟性がないものといえるでしょう。
例えば1800万円の投資額が、65歳の時点で3000万円に増えていたとします。その3000万円をすべてリスクの小さいバランス・ファンドに乗り替えるとなると、どんなに頑張っても1800万円分しか買い戻せませんし、それをするにも年間の非課税投資上限360万円から5年かかることになります。これでは運用を一時的に止めることになってしまいますから、リスクを下げる意味がなくなってしまいます。
また翌年買い戻せる360万円分を売却しようとすると、600万円分売却しなければなりません。360万円を買い戻すためには“元本で360万円分”(すなわち利益分を含めて600万円)を売却する必要があるからです。
そろそろスイッチングを認めて欲しい
もちろん、現役世代にとっては投資元本ベースで生涯非課税投資額が決まっている方が、有利であることは間違いありません。しかし、スイッチングが認められていないとなると、退職世代がデキュムレーションに向けたリスクコントロールをしようとすると障害になり得るのです。
ちなみにスイッチングができないように設定したのは、回転売買を抑制することが背景にあったと理解しています。しかし販売手数料がどんどんゼロに近づいているなかで、投信の販売会社には回転売買のインセンティブはほとんどないと思います。
保有する資産が大きくなると、こうしたスイッチングの要望が強なってきます。特に、新しい投資対象、例えば信託報酬の低い投資信託や新しい投資対象・投資手法の投資信託などが、今後も登場してくると期待されるのですが、そうした対象の拡大の恩恵を受けにくくなるのも、スイッチングができない課題だと思います。