私の心情(199)―資産活用アドバイス80-60代からの資産使い切り法
なかなか進まない「資産の取り崩し」に関する考え方
2023年8月25日に新刊『60代からの資産”使い切り“法 今ある資産の寿命を伸ばす賢い「取り崩し」の技術』を日本経済新聞出版から上梓します。今回のブログでは、この本の概要を紹介しようと思います。ご一読いただいて、どこかに気になる点があれば、ぜひ本をお読みいただければ幸甚です。
さて、1999年に最初の本を上梓してからもう少しで25年。ずっと金融関係の本に特化してきましたが、そのなかでも徐々に資産形成から資産活用へと主軸を移してきました。その変化は、
- 2008年の「退職金は何もしないと消えていく」(講談社+α新書):「引き出し過ぎの怖さー収益率の良し悪しより大切なこと」として一節で引き出しの重要性をまとめる
- 2010年の「老後難民」(講談社+α新書):「60歳からの資産運用」の一節で、使いながら運用や定率引き出しを紹介する
- 2018年の「定年後のお金」(講談社+α新書):1冊全体で資産の引き出しに関わる内容を網羅する
といった形でより強まってきました。
ただ、当時の私は現役でしたから、取り崩しの議論は理論的な面が非常に強かったと思います。それが、自分が定年を迎え、気持ちの上でも「資産活用世代」に入ったこと、さらに退職後に多くの人が直面する退職金の受け取り、確定拠出年金の引き出し、公的年金の受け取り、シニア起業などを経験してきたことから、より心理的な面が議論に加えられたと思っています。
その一方で2008年の本から15年ほど経っても、まだ資産の取り崩しが一般の人に知られているとは思えません。金融ビジネスそのものが取り崩しに否定的で対応できていないこと、さらに預金神話にとらわれたわれわれ自身が「退職後のお金との向き合い方」を考えないようにしてきたこと、の両面が考えられます。
退職世代を理解できていない金融ビジネス
金融ビジネスは、「顧客の資産を増やすことが顧客サービスだ」と考え違いしていないでしょうか。資産が増えることは大切なのですが、退職世代には資産をどのように取り崩して「生活を豊かにしていくか」ということも大切です。顧客は何のために資産運用をするのかを金融機関は十分に理解できていないと感じることがあります。そもそも金融のビジネスモデルは顧客資産の減少は受け入れがたく、積極的なアプローチができていないように思います。
そのため、第1章の『「資産活用」世代とはどんな世代か』では、60代の生活とその満足度を取り上げ、これを資産の取り崩しを考えるスタートにしています。われわれが何を望み、それが満たされているかを「60代6000人の声」アンケート調査から分析し、「多くの60代はその資産水準に満足していないにもかかわらず、生活そのものにはまずまず満足している姿」を紹介しています。とすれば、なぜ資産運用が必要なのか、60代になって本当に思い至るのは、「資産を増やす」ことではなく、「より満足度の高い生活を送るために今ある資産を有効に使っていく」ことが必要になるのです。資産の潜在的な力を引き出すために資産運用は不可欠ですが、生活の満足度を引き上げるためにどうすればいいのか、資産運用はその一翼を担うためにどうあるべきなのか考えることが重要になります。
資産活用の基本を理解するために
そのうえで、第2章の『リタイアメント・インカムとは』で、リタイアメント・インカムまたは退職後の収入という概念を正しく理解し、具体的な対策を考える基礎にします。「退職後の生活費=勤労収入+公的年金収入+資産の取り崩しによる資産収入」の等式を柱にして、60代になってからできることを中心にまとめています。3つの収入を増やすことと生活費の抑制の4つの視点が、退職後のお金との向き合い方の大切な柱になります。
取り崩しに目を向けずに済んだ時代からの脱却
「資産活用」に対するわれわれの理解不足は、「資産の取り崩しの多様な方法があり、それを有効活用することで今ある資産の寿命を延命できる」ことを知らない点です。預金神話で済む時代では、資産の取り崩しは「決めた金額を引き出すようにして、それ以上使わない」という定額引き出しのルールで十分でした。しかし、低金利定着の問題点と長生きのリスクが意識されるようになりました。
それが「資産を運用して増やす必要がある」という考えにつながり、2014年のNISA(少額投資非課税制度)の導入、2017年のiDeCo(個人型確定拠出年金)の拡充、2018年のつみたてNISAの導入、2022年の資産所得倍増プラン、そして2024年からの新NISAのスタートと、矢継ぎ早に資産形成の環境が整い始めています。
取り崩しにこそ工夫が必要
ただ残念なのは、資産を創り上げるいわゆる資産形成では、この2つの変化への対応を進める機運が盛り上がっているのに、出来上がった資産の取り崩しに関しては、「決めた金額を引き出して、それ以上使わない」という預金神話時代の定額引き出しのルールしか知られていないことです。
資産運用を続けながら定額引き出しを行うことは「収益率配列のリスク」を内包しています。想定した通りの運用成果が得られ、かつ計画通りの金額で引き出しても、資産は想定以上に減ってしまう可能性があるのです。このリスクを理解するために具体的な数字を示しながら解説したのが、第3章の『「毎月10万円の引き出し」はなぜキケンなのか』です。
より具体的な取り崩し策―予定率引き出し
「収益率配列のリスク」を回避するための「資産の取り崩しルール」を深掘りしたのが、第4章の『「率」で考える引き出しへ』です。定率引き出しは、2008年の書籍以降、いろいろな媒体を通じて取り上げてきましたが、これは定額引き出しのアンチテーゼとしてのものです。今回の本では、もう一歩進めて「予定率引き出し」の考え方を紹介しています。「率」で考えるコンセプトは同じですが、徐々にその率を引き上げていく考え方で、より実践的になります。
さらに具体的な取り崩しのアイデアとして、運用する資産と緩衝材(バッファー)として取り置く資産の2つに分ける考え方や、資産としての住宅のあり方、上場投信(ETF)の活用なども取り入れて、取り崩しの実感を持てるようにしています。この点は、第5章の『保有する資産全体のなかで取り崩しを考える』でまとめています。
退職世代の新NISAの使い方
個人的に問い合わせの多かった新NISA(少額投資非課税制度)を「資産活用」としてどう使うかも、大切なポイントだと思っています。新NISAが、若年層を中心に資産形成の目線ばかりで説明されているなかで、資産活用世代または資産の取り崩しの視点から新NISAをどう使うかは抜け落ちた点に感じます。その点をまとめたのが、第6章の『資産活用層は新NISAをどう使う?』です。というよりは、私はどうするつもりか、という視点で対策を紹介しているといった方がいいかもしれません。
生活スタイルから見る資産活用
第7章では『生活スタイルと資産活用』と題して、自分にあった資産の取り崩しを考える指針を紹介しています。生活スタイルに対する姿勢と資産収入に対する心持ちの2つの軸を使って、自分の置かれているポジションを俯瞰して、そこに適切な運用や取り崩しの考え方をみつけるというマトリックスです。そのうえで、より具体的な対応をアドバイザーに聞くプロセスになるでしょう。
何のために「資産活用」をするのか
最後に、第8章『資産活用の社会貢献』では、より高い次元で「何のために資産活用をするのか」をまとめています。資産活用は、自分の暮らしの満足度を高めるだけでなく、それによって社会を良くすることにもつながると考えています。日本の金融資産の3分の2を保有する高齢者が、生活を豊かにするためにほんのちょっと消費に積極的になれば、それは人口減少に悩む日本経済にも大きな貢献をするはずです。推計50兆円の相続の1割、または60歳以上が保有すると推計される個人資産のわずか0.25%が消費に回るだけで、GDPを1%引き上げる力があります。巨大なチカラです。
最後に
長い間、資産活用に関する本の出版を希望してきましたが、なかなか実現しませんでした。新NISAの導入が決まっても、資産形成への流れが強まるものの資産の取り崩しにはさらに焦点があたらなくなるのではと心配していました。
しかし、2020年に発売された「Die with Zero」(ビル・パーキンズ著、児嶋修訳、ダイヤモンド社)が徐々に認知され、2023年3月には「お金の賢い減らし方」(大江英樹、光文社新書)も注目されています。こうした出来上がった資産をどう使うかに視線が向かうことは非常にうれしい流れです。
そこから一歩進んで、『60代からの資産「使い切り」法』が、退職世代がどう資産を取り崩せば、個人の生活を豊かにし、日本の消費を盛り上げる力になるのかを考えるきっかけになれば幸いです。是非多くの方にお読みいただきたいと思います。