私の心情(128)―地方都市移住41-退職後の夫婦だけの生活に不安も(富山)

コロナで退職、富山へ

写真は、58歳で富山に移住したSさんが、日課のウォーキング中に撮った立山連峰。「冬場はどんよりした天候が続くので、こんなにきれいに晴れた立山を撮れるのは珍しい」とのこと。

Sさんは60歳、現在、富山市のご自宅に1人で住んでいます。大学を卒業後、製薬会社の研究所に就職し、神奈川県での生活をスタート。出産のあと10年のブランクを経て38歳から20年間、バイオ・ベンチャーの会社に再就職をしました。パート、正社員、嘱託社員、パートと変わり、2020年4月に退職。仕事場所が大学のなかのラボだったため、コロナ禍で大学に入れず仕事ができなくなり、辞めざるを得なくなりました。「実はまだ会社に籍はあるのですけど、給料が出ているわけではありませんし、今さら戻るつもりもありません」。

Jターン移住

64歳のご主人は大学で研究職をしており、2020年4月には九州に赴任することが決まりました。ご主人は単身赴任で、Sさんは富山市に住むという生活が、2年続いています。2人のお子さまは既に独立されています。

現在の富山のご自宅はもともとご両親が住んでいました。既にお父様は他界され、お母さまが2020年8月に大阪の高齢者施設に入ることになりました。「あれ? お母さまの施設は富山ではないんですか?」と思わず聞いてしまいましたが、実は、お母さまは「ご自身が生まれたところが良い」といって、大阪の高齢者施設を希望されたようです。長くかわいがっていた犬の面倒も見なければいけないということで、ご両親が住んでいた富山の自宅に引っ越しを決めたとのこと。

とは言え、Sさんにとって富山は、それほど馴染みのある土地ではないようです。高校2年の時に両親の仕事の都合で大阪から富山に移りましたが、関東圏の大学に進学し、富山に住んでいたのはわずか2年間。しかも、今のご自宅はその後に新築されたので、高校時代にはこの家には住んだこともなかったわけです。

当初、SさんはUターン移住だと思ったのですが、「地元に帰る」というのとはちょっと違う、いわばJターンのような移住パターンになっています。

気ままな生活

富山での生活は神奈川県とはずいぶん変わってしまったようです。何しろ「交通の便が悪い」とのことで、富山市の中心街にはバスで30‐40分かかり、運航も1時間に1本くらいのスケジュール。近くにスーパーも少なくて、車が必要になっています。神奈川県では車がいらない生活だったので、免許はあっても「いまさら運転もできない」と考え、もっぱら自転車を足替わりにしています。とはいえ、冬場は雪が多くて、「昨年の冬は1週間ほど買い出しに行けなかった」とのこと。

とても不便を感じているようなのですが、とはいえ生活は充実しているようです。昨年から習い始めたピアノは、1日4₋5時間も練習するくらいのめり込んでいます。もともとお母さまはピアノを教えていたので、富山の家にグランドピアノがあったそうです。Sさんは中学でピアノをやめてしまいましたが、「このピアノ、もったいないから」といって昨年から習い始めたのです。

春になれば庭に菜園を作り、さらに1時間から1時間半のウォーキングもしているので、1日はあっという間に終わってしまいます。2年間通った高校は進学校で女性がクラスに少なかったことから、今、連絡を取り合う人は残っていないようです。また新しいネットワークを作ろうとも思っていないとのことで、今は、気ままにピアノ、菜園、ウォーキングの生活を楽しんでいらっしゃいます。

マンション売却価額は1/3だったが、生活資金への不安はない

1998年に購入した神奈川県のマンションは、富山への移住が急遽決まったこともあり、「売却するのは大変だった」ようです。荷物を富山に送り出す当日に、初めて不動産屋さんが来て、媒介の契約をしたほどバタバタだったようです。その後、数か月は買い手が決まらず、メールで業者とやり取りすることになり、2度も値下げに追い込まれました。結局、売値は購入価格の3分の1にまでなってしまいました。住宅ローンを完済していましたから、その売却額はそのまま生活資金に充当できるとは言え、「悲しい価格です」。

金融資産はどれくらいありますかと伺うと、現在Sさんが自身の名義で保有している金融資産は2000万円ほど。現在の生活費は既往症があり医療費がちょっと高めだが、月に10万円あれば十分で、ご主人が少し負担してくれることもあって、「生活費に心配はない」と考えています。

長く共働きをされていたので公的年金の受給額もそれなりに見込めることでしょうから、確かにあまり心配はないだろうと思います。ちょっと気になるのは、ご主人の資産がどうなっているのかをあまり気にかけていないことでしょうか。

夫と生活するのがちょっと心配・・・

「10年後はどんな生活をされていると思いますか」と伺ったところ、ピアノ、菜園、ウォーキングの生活は変わらず、「もしかすれば新たに犬も増えているかも」とのこと。その頃には、ご主人も富山で一緒に住んでいらっしゃることだろうと思います。東北出身のご主人は「富山の雪はたいしたことない」とおっしゃって、富山への移住に同意されていますが、実はSさんの方が若干懸念されています。

今の単身赴任の前にも、週末だけ帰宅する近場の単身赴任生活が5年ほどあったことから、ご主人のいない生活はもう7年近くになります。Sさんにとっては、24時間ご主人が自宅にいらっしゃる生活は「ちょっとストレスになるかも」と気にされているわけです。とはいえ、「夫も菜園づくりが好きだから」と一緒に楽しむ夢もお持ちなのですが。

取材を終えて

「亭主元気で留守がいい」というのは、以前よく聞いたサラリーマン向けのフレーズでした。Sさんのお話もまったく同じですね。これまで兎角、男性にインタビューすることが多かったことからすっかり忘れていました。ただ、「60代6000人の声」のアンケート調査結果では、生活全般の満足度は単身世帯よりも夫婦世帯の方が高くなる傾向にあります。この点は心得ておいて欲しいところですね。

ところで退職後に地方都市に移住された方へのインタビューは、「ご夫婦に、できればインタビューする当方も夫婦で」行うのがより実情を知るために大切だと、改めて気づかされたインタビューでした。これからは夫婦で取材にあたろうと思います。