私の心情(77)―地方都市移住25-仙人のような生活(札幌)

2021年3月に実施した「地方都市移住に関するアンケート調査」はいわゆる定量分析です。そのうえで、実際に移住された方々への個別インタビュー、すなわち定性分析も行うと、そこには示唆がいっぱいあります。今回はその第1弾、札幌にお住いのHさんとのインタビュー内容をお伝えします。

なんと、大学の同期!

コロナ禍のため、今回のインタビューはオンラインでしたが、Hさんとのインタビューは始まる前から驚きの連続でした。まずは、「口下手なので」ということで、詳細な札幌移住に至った経緯や背景をメモにして、事前に送ってくださいました。メールが届くのが深夜だったりしたので、「移住しても忙しく仕事をされているのか」と思ったのですが、文面からは無職を窺わせる経歴が。

インタビュー冒頭での「ご年齢は62歳ですか?」という私の質問に、「大学の同期ですよ! 野尻さん」と。まずは先制パンチを食らってしまいました。同じ大学の同期卒業の方でした。Hさんは私のことを調べてくださったようで、驚いたとともに一気に気が楽になるインタビューとなりました。

自称、社会的不適合者

「そもそも仕事が嫌い、競争が嫌い、勝負事が嫌い、職場や取引先との人間関係が煩わしい」、さらには「東京の空気臭が嫌い、異常な暑さが嫌い、人混みが嫌い、ごちゃごちゃ感が嫌い、狭くてくねくねした道が嫌い」と、本人曰く東京で働き続けるには「社会的不適合者だ」とのこと。我々が入社の頃、普通だった55歳定年をHさんは当初から念頭に置いて、「55歳になったら仕事は辞める」と決めていたそうです。そして学生時代に訪れた北海道が気に入って、それからほぼ毎年、北海道に旅行に出かけ、「55歳退職・北海道移住」を計画的に考えるようになったとのことです。

30歳から資金計画

そうしたモチベーション(?)もあったことから、30歳くらいから資金準備を始めていらっしゃいます。子どもの教育資金と退職後の生活資金の確保を念頭に、終身逓増型税制適格年金、純金積立、TOPIX連動の投資信託、学資保険を活用されたとのこと。30歳といえば1989年ですから、かなり有利な資産形成を実現できているかもしれませんね。投資信託での運用はTOPIXが高値の頃にスタートしているのですが、積立投資をされていることから、こちらもかなり資産形成に貢献している気がします。

ご本人の計画では55歳で退職ですから、退職後の生活資金は、①55歳からは終身年金の受け取りと、預貯金などの取り崩しと合わせて生活費を確保、②65歳からはこの終身年金に公的年金と企業年金を加えれば、生活費がカバーできる、と見積もっていらっしゃいます。「これで99歳までの資金収支に問題はない」と。

55歳で退職・北海道移住を新卒時から計画

実際の移住計画の開始は15年前の47歳の時。55歳まではまだ少しある年齢だったので、札幌で転職先を見つけることも考え合わせた「札幌への転職・移住計画」です。そして49歳の時にさっさと札幌に中古マンションを購入します。転職を決めてから住むところを決めるのではなく、住むところを決めることで就職活動を有利に進めようという思いだったそうです。「どうせ住むんだから就職が決まってから探すのも、先に住むところを決めるのも変わりはない」、しかも「札幌に住むところがあるというのは転職先を探すのにも有利」とのことでした。

ただ翌年、50歳の時にはリーマンショックで札幌での求人が凍結し、転職活動は頓挫。「札幌への転職・移住計画」は本人曰く、「大失敗に終わった」と。在籍していた会社に退職願いを出していたので、恥も外聞も捨てて撤回を願い、さらに買っていた中古マンションは賃貸に出すことに。しかし、その後は繰り返し希望した北海道への転勤が、室蘭でしたが55歳で叶うことに。「計画通りではない」とはいえ、願ってきた通り55歳には北海道での生活がスタートすることになりました。さらに翌年、56歳になって依願退職して、室蘭から札幌に転居。その間に2013年に中古マンションは売却して、新築マンションに買い替えていらっしゃいました。

仙人のような生活

オンラインでのインタビューは、そのマンションのベランダを背景にしたリビングでやらせていただきました。ベランダの先には札幌市の南西にある円山の「緑の借景」がきれいで、時々、犬を連れた奥様もインタビューなんて全く関係ないかのように、ベランダに登場されて、なんとも落ち着いた雰囲気のお宅でした。

インタビューの中では「何も決めない生活」、「ストレスのない生活」という言葉を何度も使っていらっしゃって、とても30歳から計画的に転職・移住を進めてきたとは思えない感じでした。「毎日、起きる時間も寝る時間も決めない、食事の時間も何かするというスケジュールも決めない。食べたいときに食べて、眠くなったら寝る」。「まるで仙人のような生活」と自らおっしゃる通り、時間やスケジュールに束縛されない生活を過ごしていらっしゃるようです。奥様もそうした生活が性に合っているらしく、「大体の時間が一緒になる食事は夕食くらいかな」とのこと。「何しろ今回のインタビューは久しぶりに、スケジュールをしたイベントだった」といわれてしまったほどです。「なるほど、だから夜中にメールが届いたりするんだ」と私もどこか納得してしまいました。

早くから計画的に移住を進めてきたこれまでのHさんと、仙人のような生活を送る今のHさんがなかなか重ならなかったのですが、よく考えてみると、「今の束縛されない生活を送りたい」という意思が強かったからこそ、30歳から計画を立ててきたということかもしれません。

「北海道は10月から4月までは寒くて他の人に勧めようとは思わない。おいしいものもたくさんあるけど、観光で来れば食べられるので、住むかどうかは空気が合うかどうかで決めた方がいい」とのこと。「霞を食っている」わけではありませんが・・・・。