私の心情(87)―お金との向き合い方26-FIRE、ねえ誰が火を消してくれない?

FIREが流行りに

最近FIRE(Financial Independence, Retire Early)という言葉がはやっています。本屋さんに行っても投資や資産形成のコーナーにその関連の本が平置きされています。もう数年前から米国では言われていた、お金と向き合う新しい考え方とのことです。

お恥ずかしながら、私は最近までその考え方を知りませんでした。そこでちょっと調べてみたのですが、Financial Independenceとは、経済的自立、金銭的自立という意味で、例えていえば「お金のために働くことをしないで済む状況=十分な金融資産がある状況」ということでしょうか。Retire Earlyはそういう状況ができた段階で、できるだけ早めに働くこと(=金を稼ぐこと)から引退する、というわけです。こう聞くと私が現役の頃はEarly Retirementと呼ばれていたことと同じですね。違う点は、Financial Independenceを強調していることでしょうか。

退職後のお金との向き合い方の1つのオプション

FIREのためには、まずはどんどん資産を作る必要があります。それと生活費の圧縮を図ることも。私の「お金に対する考え方」の柱になっているものは、

退職後の生活費=年金収入+勤労収入+資産収入

の式ですが、この考え方からすると、FIREを目指すということは、コントロールするのは退職後の生活費(=これをいかに下げるか)と資産収入(=これをいかに多くするか)だけになるということでもあります。

言うまでもありませんが、日本の会社員の場合、長く働くこと、より多くの給与を得ることを前提に厚生年金の受給額が増える仕組みですから、早期に退職するとなれば厚生年金(または国民年金)に多くを期待することはできません。もちろん退職してから勤労収入は全く無いか、あったとしても楽しいことが前提で仕事をしているのでしょうから少ないものと考えられます。

1億円で足りない必要資産額

そう考えると、私にはFIREの考え方がなかなか賛同できないものだなと思えてきました。私自身は、資産運用会社で長く資産形成に関する考え方を発信する立場でしたから、前提として年金収入や勤労収入にはあまり触れることがなく、生活費の削減も主眼ではありませんでした。いかに資産を増やすかに力点が置かれていたといってもいいでしょう。しかし、そうした訴求を続けていくなかで、「運用だけで本当に退職後の生活費をすべてカバーできるだろうか」と疑問に思うようになりました。というのも、退職後の生活費を想定すると相当大きな金額になるだろうと思えるからです。老後2000万円と言われた金額では、きっと足りないだろうと感じているからです。

退職後の生活水準は、現役時代の生活水準が大きく影響します。現役時代の最後の年収を使って退職後の生活費水準を推計するTarget Retirement Rates(目標代替率)の考え方は、欧米ではよく使われています。具体的には、退職後の生活費=現役最終年収×目標代替率で計算します。

この式を前提にして、現役最終年収が600万円の会社員の場合、65歳で退職する人の必要資金総額は、95歳までの人生、50%の目標代替率を前提にすると、9000万円(=600万円×50%×30年)となります。それが、40歳で早期退職すると、55年間の生活費で1億6500万円になります。

目標代替率50%は、人生100年時代を流行させた「Life Shift」(東洋経済新報社、2016年)で使われているものですが、米国会計検査院の調査では最も多用されている水準は70₋85%でしたから、かなり控えめな数値といえます。実際、Life Shiftの共著者アンドリュー・スコット教授にその点を聞いた際、教授も「低い数字だと理解している」と言っていました。だとすれば必要額はもっと大きくなります。

通常、ここから厚生年金の受給額を差し引いた残りが自助努力で求める金額となります。さらに退職後も少しは仕事をするので勤労収入も少しい当てにします。しかしFIREの場合、早期退職していますから、公的年金にはほとんど期待できませんし、勤労収入も想定しません。ほぼすべて自助努力(=金融資産の取り崩し)で賄う必要があります。

みんなで目指すものではない

もちろん40歳の時点で1億円の資産ができて、それを年率3%で運用できれば、年収300万円になります。計算上は、元本を減らすことなく、一生、働かなくて生活できます。しかし、いつも説明することですが、年収を300万円という定額に設定していると、元本が減らないためには年率3%運用という言葉は毎年3%で運用するということが不可決になります。しかし、実際にはあり得ません。運用は毎年変動し、30年とか40年の間の、その幾何学平均が3%となるという理解でいれば、当然そこには「収益率配列のリスク」が出てきます。

ちょっと例示を作ってみましたが、場合によっては1億円あっても途中で資産が枯渇します(300万円の定額引出で前半がマイナスパターン、太字のところ)。これはかなり危険な賭けのようにも映ります。それをさけるための資産を取り崩す際に定率引出の場合も計算してみましたが、その場合には取崩できる金額が300万円の半分以下になる場合も出てきました(年率3%引出の前半マイナスパターン、16年目、太字のところ)。いずれにしても、「収益率配列のリスク」を避けることはなかなかに難しいことではないでしょうか。

*収益率配列のリスクについては、私の心情52を参照下さい

ねえ誰がFIREを消してくれるの?

早くに大きな資産を作り出して、金銭的に働くことに縛られないようになるというチャレンジ精神は評価します。ただ、1億円できたからといってあとは悠々自適だと考えるのはちょっと危険な気がします。金額の多寡ではなく、そこからの取り崩し方にも目を向けておくべきだと思います。資産を作ることだけに目が行くようなFIREの煽り方、だれか止めてくれないかな。