私の心情(82)―地方都市移住29-第3の選択肢に妻の”いいわよ“(京都)
フィンウェル研究所の60代を対象にした地方都市移住のアンケートでは、34.2%の人が「自分または配偶者の実家がある」ことを移住決断のポイントにしています。それに次ぐのが「純粋に以前から住んでみたい」(24.8%)、「生活コストが低下すると想定できたから」(21.2%)の順ですが、今回の移住された方は、それらのポイントとはちょっと違っています。お嬢さん夫婦が住んでいらっしゃる京都に移住したSさん、64歳です。
観光に行ってモデルルームを見る
Sさんの生まれは長野県佐久市。大学から東京に出て、マスコミ関連に勤めて60歳で京都に移住。59歳の奥様はお母さまが東京に住んでいらっしゃいますが、一緒に京都に移住されました。
「京都には知人がいることもあって、それまでも時々一人で遊びに来る」こともあったSさんですが、56歳の時に夫婦で京都に来た折のことをお話いただきました。「京都でいくつかの名所を回って、紅葉を見るのも飽きたことから、建設途中のマンションをふらっと見に行った」そうです。工事中ですから当然、内部を見ることはできませんが、現場の方にモデルルームを教えてもらって「本当にふらっと覗きに行った」とのこと。二条城の西というロケーションもよくて、なかなか良いところだと感じられたようですが、その晩ホテルでダメ元だと思いながら「退職したら京都に住むか」って軽い気持ちで言ったら、奥様はちょっと考えて「いいわよ」って返事だったそうです。そこからとんとん拍子で京都への移住計画が進んだとのこと。
娘夫婦の近くに移住
Sさんのご両親はすでに他界。実家のある佐久市には、障害はあるもの自立できている妹さんや親せきはいらっしゃるのですが、退職したら「佐久に帰るつもりはなかった」ようです。奥様は母親が東京に住んでいらっしゃいますが、認知症が進んで娘のこともわからない状態になったことから、今は特別養護老人ホームに入居されているとのこと。そのため、姉と二人で年に数回様子を見に行く程度になっていたこともあって、奥様も東京を離れることに踏ん切りをつけられたようです。
「しかし、なぜ京都なんですか?」との私の質問に、「自分が死んだら妻はどうするかを考えたときに、“京都に住む娘夫婦の近くに移住する”という選択肢が浮かんだ」とSさん。それを京都旅行の際に話したことが、京都移住のきっかけとなったようです。今は、共働きのお嬢様夫婦のために、奥様がお孫さんの面倒を見に行くのが日課とのことです。自分の生まれ故郷にUターンするという選択肢、昔、仕事で住んでいたとか、憧れていた都市に住むという選択肢とは別の、第3の選択肢である「子ども夫婦の住んでいる都市に移住する」というのが、Sさんの実例です。
京都はコンパクトな街
「京都はコンパクトな街です」との評価。それに「散歩が楽しい」とも。確かに至るところに史跡があります。「足が悪いので最近はもっぱら電動アシスト付き自転車を使っている」とのことですが、京都なら興味は尽きないでしょう。それと東京にいたころからも京都には「よく飲みに行っていた」とも。今はコロナ禍で思うに任せないが、「京都には飲み仲間が多くいます」とのこと。
京都に移住してからはよく飲みに行ったようですが、飲んだ帰りはタクシーになります。東京だと都心で飲んだあと住んでいた京王井の頭線沿線の三鷹台まで帰ると、タクシー代は6000-7000円、でも京都だと1500円くらいで済む。住んでいるところの利便性は本当にいいようです。
それにバス網がしっかりしていて、使いこなせばかなり便利だとも。「移住する前にガイドブックを買って勉強をした」とおっしゃる通り、バス網は張り巡らされているゆえに、ちょっとその複雑でしっかり勉強しないといけないようです。ただ、マンションの真ん前にマンションの住人専用とも思えるようなバス停があって、非常に便利で、使い勝手がいいとのこと。こうした点も含めて、京都は生活しやすいとの評価でした。
退職金でローンを返済、企業年金でキャッシュフローを確保
現在のマンションは、東京の自宅を売却した資金で購入したとのこと。「実は東京の自宅は一戸建てで、買って3年半くらいしかたっていなかったんです。それもあってほとんど買値で売れたので良かった」との評価でした。東京の自宅を売却して京都のマンションをそれとほぼ等価で買うことができたのですが、課題は2つ残っていました。ひとつはまだ1000万円ほどの住宅ローンが残っていたこと、もう一つは返済の原資となる退職金を受け取るまでまだ2年半ほどあったことです。退職するまで東京にいる必要もあり、この間は、京都にマンションをもって、東京で賃貸生活を送ることに。「住宅ローンの返済と家賃の支払いで、この期間の生活はちょっと厳しかった」ようです。
その住宅ローンも退職金で完済済み。「節目に人事部が説明してくれてましてね」というSさんは、3000万円ほどの退職金のうち約1000万円を住宅ローン完済のために使い、残りの約2000万円は年金受取の企業年金に。期間の違う3種類で受けとるようにして一部は終身受取にしたようです。
移住した後、京都府庁でのアルバイトや日本語教師の資格を取って各種学校に留学してくる海外の学生に日本語を教える仕事もしたようですが、「生来のなまけものなんで」仕事はどれも長続きしなかったようです。「62歳から公的年金が一部受給できるって聞いたこともあって、まあ無理しなくていいや」と、結局ここ2年程は何も仕事をしない生活を続けています。それでも企業年金もあって、月20万円くらいの収入があるので、不自由はないのでしょう。65歳からは公的年金が満額受給できることから、さらに「仕事をしなければ」という思いは弱くなりそうな気配です。
イタビューを終えて
今キャッシュフローは確保できているようですが、Sさんが亡くなられたときにそれで十分なのかと気になりました。Sさんのその答えが「お嬢様夫婦の家の近くに移住した」ということなのかもしれませんが、やはりある程度の資産は必要なのではないでしょうか。最近、Sさんは「奥様の勧めで認知症に対する保険に入った」とのこと。また奥様は「公的年金の受給開始を70歳まで遅らせる」ことも考えていらっしゃるようで、しっかりと一人になったあとのことも見据えていらっしゃるようです。