私の心情(273)―資産活用アドバイス121 司法書士がみる成年後見制度
認知・判断能力の低下した後、金融機関側がとる対応の原則は、成年後見制度を使うことだといわれています。しかし、実際のところなかなか使われていないのが実情です。都内で司法書士として活動しながら法定後見人も務めているKさんに現状を伺う機会を得ました。そのポイントをまとめてみます。
ほとんどが法定後見制度を利用
まずは全体像です。成年後見制度は、大きく分けて任意後見制度と法定後見制度の2つがあります。前者は本人が自分で決められるうちに、将来認知症が発症したときの任意後見人を選んでおいて、自分の代わりにしてもらいたいことを契約で決めておく制度です。後者は、本人の判断能力が不十分になった後に家庭裁判所によって選ばれた成年後見人等(症状の程度によって、補助、保佐、後見の3種類があります)が本人の利益を考慮して代理業務を行います。
厚生労働省の資料によると、2023年12月末の時点で任意後見制度は2773件、法定後見制度は後見が17万8759件、保佐が5万2089件、補助が1万5863件、合計で24万9484件となっています。件数ベースでみると、99%弱が法定後見制度を利用していることがわかります。その法定後見制度は、5年前と比較して14%増加しています。
費用の高さがハードルか?
認知症患者数は443万人以上と推計されるなか、成年後見制度を利用しているのはわずか5%程度ということになります。その理由の一つには報酬の問題があると指摘されています。厚生労働省の「成年後見制度の現状」(2024年4月)によると、成年後見制度にかかる費用は、
- 申立手数料:800円
- 登記手数料:2600円
- 送達・送付手数料:3000-5000円程度
- 鑑定費用:鑑定人によって異なるものの5-10万円程度
- 成年後見人への報酬:月額2万円。ただし財産額が1000-5000万円の場合には月額3-4万円、5000万円をこえる場合には月額5‐6万円
- 付加報酬:身上監護など特別な困難がある場合には基本報酬額の50%以下で相当の報酬を付加
とされています。例えば、保有する資産4000万円で、成年後見人に月額3‐4万円、年間で36‐48万円の報酬がかかるというのは、それなりに負担になると思います。
成年後見人からみるとボランティアに近い
この報酬を成年後見人側から見ると、Kさん曰く「とてもこれでは請け負うことができない」という姿も見えてきます。
現状では、成年後見制度は非常に負担のかかる作業を強いるものになっています。財産管理だけでなく、身上監護や親族の対応等、事案によってはさらに困難な場合もあります。特に、その作業に「終わりがない」と感じることから、専門職後見人に徒労感が蓄積することになりがちです。1人の後見人で、多い場合には20-30件の掛け持ちをする人もいますが、取材をさせていただいた司法書士Kさんの場合、他の業務もあるため、2-3人が精いっぱいとのことでした。
なお、Kさんによると、司法書士の場合、公益社団法人リーガルサポートという後見専用の団体があり、これに所属していないと、後見人にはなれない仕組みとなっているといいます。
法定後見制度だけを受ける
現状、法定後見制度がほとんどを占めています。任意後見制度はあまりに個別の複雑な事情の場合が多く、受けても先例が少なく情報共有されていなため疑問や困難が多発することが想定されるため、実質的に難しいのが実情です。そのため、Kさんは「法定後見制度で依頼されるものを中心に受けるようにしている」とのことでした。
後見人の報酬額は裁判所が決めていますが、資産の大きめの顧客では月額報酬も5-6万円、小さめの方の場合は月額報酬が2-3万円と差が付いているようです。財産が少なく無報酬となる場合もあり、司法書士は公益的な部分を重視していることから、業務として継続するには困難が伴うこともあります。
法定後見制度では資産運用はできない
法定後見制度は家庭裁判所が申し立てを受けて決定するため、ほとんどの場合は、新たに有価証券での運用はできません。家庭裁判所が求めているのは財産の管理で、それは現状を保持して引き出すことなど管理を行う程度に限られています。そのため資産が多い場合には、金融機関が提供する後見制度支援信託に移す、又は後見監督人が付されることがほとんどとなっています。
顧客の保有する資産のすべてを後見制度支援信託に移すわけではなく、保有資産のどれくらいを預金に残して日々の生活に必要な支出にあてるか、どれくらいをその信託に移すかは、最終的には裁判所の承認が必要になるとはいえ、後見人の裁量で決められるようになっています。専門職後見人の場合は、だいたい手元に200万円程度、残りを支援信託にしています。
任意後見制度でも資産運用は難しい
法定成年後見制度ではできない資産運用のサポートについては、「理論的には」任意後見制度で契約に基づいていれば後見の範囲に入れることはできるはずです。また成年後見人を法人として引き受けることも可能です。そうしたことが多用されれば、資産運用とか財産の寄付・遺贈などのサービスも提供できるようになるはずです。
しかしKさんによると、「実際にやっていると聞いたことがありません」とのこと。後見人には資産運用に関する能力が十分備わっているとは言えませんし、その責任も取れないでしょう。また何より法人であれば、先ほどの報酬では、とても請け負うことはできないからだと思われます。
他にも課題は多い
任意後見制度は通常、その前段階の見守り期間から対応することが多いために、面倒をみる期間が長くなりがちなことが課題です。見守り期間中には生存確認的な、例えば半年に1度書面や電話で確認するといった程度のことしかできていないのが実情です。
インタビューを終えて
インタビューの最後に、ちょっと意地悪な質問でしたが、「もし自分に後見人が必要になったとしたらどうしますか」と伺ってみました。
Kさんのお答えは、「ある程度の資産があれば、積立投資を継続できるように設定し、任意後見制度を利用して生活必要経費の支払管理をお任せする」か、「まとまった資産は家族信託にするのが最も合理的はないか」と考えているとのことでした。
資産を「使いながら運用する」時代を想定しようと勧めている立場としては、将来、認知・判断能力の低下が懸念されるなか、成年後見制度だけでは資産の取り崩しを続けていくことは難しいと感じます。