私の心情(266)―お金との向き合い方87 英国DCでのアドバイス・ギャップ縮小策
英金融当局、DC加入者向けの「特定グループへのサポート」に注力
ブログで何回かご紹介していたとおり、2024年12月12日に英国金融当局FCAは、アドバイス・ギャップの縮小策の第一弾としてDCにおける「特定グループへのサポート」(Targeted Support)の概要を提案しました(CP24/27: Advice Guidance Boundary Review – proposed targeted support reforms for pensions)。
ポイントは、
- ある特定の環境、例えば資産形成率が不十分な人たちとか、とても持続できそうにない引出率を適用している人たちといったDC加入者に対して、事前に用意したソリューション(Ready-made solution)を提示する形で金融情報サービスを提供する
- 「特定グループへのサポート」のサービスの対価は無料または少額の経費とする
- この提案はFCAが監督するContract-based のDC加入者を対象とする(この点について後述)
が柱になります。今後、この具体策に対して2025年2月13日までパブコメを受け付けて、その後、最終決定とする予定です。ただ、内容的には大きく変わらないと考えますので、詳細はこれまでのブログを読んでいただければと思います。
ブログ:私の心情(218)―アドバイス・ギャップ縮小に苦悩する英金融当局
ブログ:私の心情(253)―簡易な資産引き出し方法の提案は可能か(英国の取り組み)
ブログ:私の心情(262)―英国アドバイス・ギャップ縮小、DCから第一歩
資産の取り崩しもDCの制度内で議論される英国
今回のブログでは、12月12日のCP24/27レポートの内容というよりは、そこで言及されている視点に関して、私見をまとめました。
第1のポイントは、Decumulationの立ち位置です。日本ではほとんど議論にならないDCの資産の取り崩しを、英国の議論では資産形成と同じくらい重要に取り扱っている点が注目されます。日本ではDCは資産形成のツールとして言及されることが多く、一方で引き出す際には一時払いが金額ベースで9割を超えているのが実情です。しかし、英国のFCAではDCのアドバイスのなかではDecumulationが非常に重要だという認識のもとに、このレポートでも何度も取り上げています。
短絡的ですが、レポートのなかで、Accumulation(資産形成)という言葉は29回使われていましたが、Decumulation(取り崩し、または資産活用)も同じく30回使われていて、重要さは同じだと感じさせます。
英国でもDC資産の引き出しには課題が多い
そのほか、DC資産の引き出しに関してレポ―トのなかで言及されているデータでは、
- 45歳以上のDC加入者の32%が、取り崩しにおいて選択肢があることを理解していない
- 資産3万ポンド以上のDC口座のうち4万7389口座が23年度に一括引出されている
- 24年5月までの4年間でDC口座から資金を引き出した人の56%が税制優遇を考慮していなかった
- 資産3万ポンド以上のうち14万5042口座が、引出率8%以上で、一般的な引き出しまたは定期引出(UFPLS、引き出し毎に非課税枠を提供する引き出し)を行っている
なお、これらのデータは、Retirement income underlying data 2023-2024を出典としており、その概要の一部は、「私の心情255―英国年金の引出率は4%」で引用していますので、合わせてご確認ください。下の表はそのブログで収載している引出率の分布です。
「特定グループへのサポート」は無料で提供
第2は、料金の設定に関する考え方です。「特定グループへのサポート」の提供は、そもそもアドバイス・ギャップを縮小させるという趣旨からすれば無料で行うべきだと考えられ、FCAもそれを提案しています。ただ、一方でFCAは無料の提供にも課題が残っていることに言及している点は注目しています。ちょうど日本でも、インデックス・ファンドの信託報酬の引き下げ競争が続き、アドバイス・フィーのあるべき水準・姿も模索されるなかで、この論点は注目しておきたいと思っています。
このレポートによると、これまでのパブコメでは多くの企業が無料にする方針に賛同しているとのことでした。特にDCを提供している大企業は、「特定グループへのサポート」を無料で提供したいとしています。例えば上位10社は水平統合が進んでいて、市場残高シェアで約6割を占めていますが、これら企業は「特定グループへのサポート」を無料で提供しても、そのコストは他のビジネスでカバーできるという背景があるとみています。
その一方で、中小の企業では無料ではなく、低価格での提供(残高フィーへの課金)になるとしています。ただ、低価格とはいえ有料での提供となると、無料で提供する大手金融機関との比較で活用されないのではないかと懸念されます。また中小企業にとっては、ビジネスの中心である包括的アドバイス業務に尽力するためにも、「特定グループへのサポート」の提供は抑制することになるだろうとみています。
無料提供の弊害を懸念
「特定グループへのサポート」のコストを他のビジネスでカバーすることは決していい点ばかりではないと、レポートのなかで指摘しています。例えば、無料で提供するところと、それができないところができることで健全な競争を阻害する懸念はないか、無料で提供することが水平分業で展開する他のビジネスのフィーや価格を引き上げることに繋がるのではないか、といった懸念を上げています。もちろん、他のサービスを同時に提供することが消費者にとってベネフィットになるということも期待できるとも指摘していますが。
最終的には、すべての消費者、この場合では「特定グループへのサポート」を無料で受ける消費者も、課金される消費者も、また受けない消費者も、いずれも公正なサービスを得られるかどうかが課題だと考えているようです。
個別商品への言及も可能
第3は、個別商品を言及するかどうかの視点です。「特定グループへのサポート」は、顧客のDCにおける資産形成から資産取り崩しまでの全体に関与することになります。基本線として、当局は企業が提供するテーラーメイドの提案(テーラーメイドとは、対象者個人の状況に応じたアドバイスではない)は、自由にデザインでき、そこに規制を掛けるつもりはないとのことです。そのため既存商品や新規商品に言及することも含まれることになるとみています。
ただ、実際には金融機関は、提供する資産形成向け商品のカテゴリーを増やすとか、すべてのレンジの引き出し型商品を提供するといったことはあまり想定していないようです。また企業によって「特定グループへのサポート」を提供するところと、しないところもあり、さらに利益相反になりかねないので、引き出し型金融商品は提案しないという企業や、提案すると他社に乗り替えられてしまうので提案したくないという企業もあるようです。
アニュイティの取り扱い排除の考え方
とはいえ、FCAは1つだけ言及できる商品の例外規定を作ろうと提案しています。具体的には、アニュイティについては個別商品を言及しないという規定です。包括的なアドバイスは、個人の事情をしっかりと分析して有料で提案するものですが、詳しい個人情報を前提にしない「特定グループへのサポート」でアニュイティの個別商品に言及することにリスクが伴うとみているようです。
包括的なアドバイスでの推奨と峻別がつかないうえ、アニュイティは一度購入すると乗り換えしにくい商品ですから、これについてのみ現状のルールのもと、包括的なアドバイスでのみ推奨できるものとしたいとの意向を提案しているというわけです。
もちろん一般的な商品群、例えば引き出し型金融商品とかアニュイティといったカテゴリーを紹介するだけなら、無料のGuidanceの拡大解釈でも可能になるとの見方もあります。そのため、これまでのパブコメでは例外規定にするべきではないとの指摘も多いとしています。
この取り扱いは、第1のポイントとあわせて、デキュムレーションの難しさがわかるものだと思います。最終判断がどうなるのか注目されます。
DCの市場概観
最後に、今回のレポートでは、DC市場の概観も加えています。自分でも知らない点がいくつかあり、その部分はこのレポート以外の資料も参照しながら、できる範囲でまとめています。なお、より詳しい情報は他の専門レポートを参照してください。
このレポートによると、DCの市場残高は24年3月時点で1.5兆ポンド(1ポンド=190円で換算すると、570兆円)に達し、DBの1.4兆ポンドを上回っています(ちょっと大きすぎるのではないかとも思います)。市場拡大の原動力は2012年にスタートした自動加入制度の実施で、DC加入者比率は当時の47%から23年には80%にまで高まっています。
またDC資産の取り崩し面では、2015年のPension Freedomの導入が変化をもたらしました。それまでDC加入者が退職する際にはその75%がアニュイティを購入していましたが、今はその資金の引き出し方法は多様化しています。口座資金の小さい加入者を中心に53%が一括引出をしていますが、引き出し型金融スキーム(UFPLS、引き出し毎に非課税枠を提供する引き出し)は今やアニュイティの4倍の水準にまで拡大しています。
英国ではDC制度はTrust-based pensionとContract-based pension があって、前者は企業型で委託者と受託者で成り立つスキーム、後者は年金プロバイダーと個人の契約によるタイプで企業型と非企業型の両方があります。年金政策研究所(Pension Policy Institute、PPI)の報告書によると、Trust-based pensionの市場規模は2400億ポンド、とContract-based pensionは、3100億ポンドとのこと。また前者は年金監督局(the Pension Regulator)、後者はFCAが監督しています(前期の1.5兆ポンドの市場規模には、このほかにアニュイティなどが含まれると推計しています)。
Contract-based pensionには、Stakeholder pensionやSelf-invested Personal Pension(SIPPS)があり、その市場は生命保険会社、SIPP業者、プラットフォーマーらが大手となり、価格競争が少なく、ブランド力が大きな力を持っているとのことです。