私の心情(258)―地方都市移住62 小布施の修景計画
私が所属する研究会のひとつで、長野県にある小布施の街の開発の話を聞くにフィールドワークがあり、参加してきました。今回は、観光誘致の負の面の解決に取り組んできた小布施の街の素晴らしい活動と、住民の生活を優先するという「修景」計画の考え方と地方都市移住の接点を検討してみました。
北斎館を中核とした観光地化の課題
小布施に北斎館が完成したのが1976年10月。北斎というと浮世絵の版画をイメージしますが、この北斎館には北斎の肉筆画が多数展示され、晩年の北斎の特徴を知ることができるユニークな施設です。そのため、年間3万5000人が訪れる観光地となったわけですが、その一方で周辺の地権者からは「生活の場が壊される」いう危惧が強まり、観光による地域の活性化と住環境との狭間で、再開発を考える必要性に迫られます。
観光と居住のバランンス
そこで1982年から「修景」を手法とする開発計画が進められることになりました。私自身は詳しくありませんが、検索してみると「修景」とは都市計画で自然環境と統合して景観を美しく整えることだそうです。最近では街中でもよく見られる街路や遊歩道を整備するといった、住みやすさを考慮した合理的な街づくりだと感じています。
建築家に聞くーマスタープランのない修景計画
この修景計画に当初からかかわってきた宮本忠長建築設計事務所の担当者松橋設計長に、そのコンセプトを伺いました。
計画の柱は「ソトはミンナのもの、ウチはジブン達のもの」という発想で、個人レベルの事情を鑑みながら、外部環境は共有するという考え方です。いわゆるマスタープランを作成して、それに合わせて住民の暮らしをリセットさせるといったものではなく、個々の地権者との個別協議で、それぞれの事情を考慮しながら計画を進めていくことに目線を置いたものでした。マスタープランのない街づくりとも称しています。
修景計画を実行するなかで、土地の等価交換を進めながら、改修するだけではなく、曳家をすることで解体せずに開発をすることも行われました。そのまま保存されている建物が7棟に対して、改修・曳家された建物が14棟にも達しています。
建築家に聞くー栗の香りがする小布施
確かに北斎館の周辺は高い建物を建てることは避けて、町の風情も統一感を出しています。また私有地である庭も条件を決めて開放することで観光客の回遊ができるように配慮する一方で、私有地のプライバシーにはしっかりと配慮する工夫がなされています。出来上がっている小布施の一角を、説明を受けながら歩いてみると、地権者の個々の暮らしや営みは見えないところでしっかりと確保され、そのうえで全体像はきれいに統一されていることがわかります。しかも、その地域を観光客が回遊しながら、栗のお菓子で有名な小布施堂の工場もあり、ほのかな栗の香りが心を豊かにしてくれる感じも演出されています。
小布施駅からこのエリアまで歩いて10分程度ですが、その間にもこのエリアの開発に連動した風情で商店などを組み込んでいく流れも出ているようです。今後も修景計画が徐々に広がっていくのかもしれません。
どこでもできるものではないかも
ただ、この開発を主導した地権者が少ない人数であったことは大きなポイントだと感じました。北斎館を中核とするエリアは、北斎館、小布施堂(栗菓子製造、日本酒醸造)、長野信用金庫小布施支店、高井鴻山記念館、市村次夫家、市村良三家、真田達男家のみで、かなり限定されています。
しかもそれぞれがこの地の有力者であることから、開発資本は民間というか、それぞれの個人に負っているとのことでした。官が主導していない点(だからマスタープランがない)は驚きでしたが、地権者が原則負担するという方式はそれによるメリット(回収・曳家で無駄をなくし新たなスペースを創出する)を考慮したとしても、どこでもできるという話ではないように思います。
またこのエリアには、マクドナルドなどの大手資本系列のお店やコンビニもありません。さらにインバウンドの観光客もほとんど来ていませんでした。
理想と現実のギャップが大きい長野市
小布施は長野市内ではありませんので、直接的に地方都市移住先の長野市の話というわけではありませんが、小布施の開発における「そこに住む住民の課題を解決しながら」という姿勢は、高齢者の住みやすい都市、移住しやすい都市にするという視点では大切ではないでしょうか。
ところで長野市は地方都市移住先の都市としては特異な街です。2022年にフィンウェル研究所が行った「60代6000人の声」アンケートでは、東京、大阪、名古屋に住んでいる60代に「移住したい都市」を上げてもらっています。それによると、長野市は、那覇市、横浜市、京都市、札幌市に続いて、さいたま市と同数で第5位と上位にランクインしました。移住先の理想の都市のひとつです。
しかし、住んでいる人にその評価を聞くと必ずしも高くありません。2024年の「60代6000人の声」では、実際に住んでいる人の生活全般の満足度とその都市を「退職後の移住先として奨めるか」との設問も聞いています。長野市在住の68名の方のデータを集計してみると、生活全般の満足度は、5点満点で3.1点と3点(=どちらともいえない)を少し上回った程度で、退職後の生活場所としての推奨度は、11点満点中、5.5点と平均の6.0点よりも低い水準にとどまりました。長野市に住んでいる人の評価は厳しいものといえそうです。
気候、交通、医療に課題
ちなみに退職後に生活する際にどんな点を評価するのか、どんな点が課題なのかを聞いた結果では、物価が安い、食事がおいしい、山などの環境が良いといった点をポジティブに評価するものの、気候が厳しくて高齢者に向かない、交通機関が使いにくい、医療体制が十分ではないといった課題を挙げる人が相対的に多くなりました。
理想と現実のギャップをどう埋めるのか、まずは現在住んでいる60代の課題を解決する視点が、退職世代の移住を促進するために重要なポイントのはずです。小布施の開発でも重視した点でした。