私の心情(250)―資産活用アドバイス104―(私見)プロダクトガバナンスのあるべき姿

金融審議会市場制度ワーキング・グループ(市場制度WG)は、7月2日付けで「プロダクトガバナンスの確立等に向けて」と題する報告書を公表しました。私はこのテーマの議論の期間(4月から6月)だけ委託を受けた委員として、3回の会合に参加しました。3回目の議事録が8月19日に公開されましたので、ここで3回の会合における自分の議論を振り返って、私の考える「プロダクトガバナンスのあるべき姿」を簡単にまとめておきたいと思います。あくまで私見です。

顧客属性を重視するべき

市場制度WGへの招へいをいただいたとき、最初に2つの点が頭に浮かびました。1つが「顧客属性」をどうとらえるか、もうひとつが「顧客の最善の利益」とは何かという点です。

2020年8月に発表された市場WG(こちらは私も委員でした)の報告書「顧客本位の業務運営の進展に向けて」のなかで導入が謳われた「重要情報シート」のなかの「想定顧客」はプロダクトガバナンスでは大切な出発点だと思っています。

「想定顧客」とは、その投資信託が対象とする顧客のニーズ、「顧客属性」をもとに示されるものになるはずです。市場WGでの「想定顧客」の議論は、現場に下りていくうちに、その趣旨が十分に伝わらないものになってしまったように感じます。より多くの投資家に購入してほしいという金融機関の姿勢は理解できるのですが、そのために「想定顧客」を誰でもOKといえそうな表現にして横並びにしてしまったのは残念です。

「想定顧客」の欄こそ「投資哲学、投資方針、投資目的に賛同してくれる投資家」という点を示す絶好の場所だと思っています。

顧客は何を最善の利益と考えているか

「顧客の最善の利益」は、この「顧客属性」を判断し、「想定顧客」を明確にするときの大きな指針になると考えています。ちょっと前ですが、2016年11月に行われた顧客本位の業務運営に関する7原則を審議する金融審議会市場WGの議論で、「顧客の最善の利益とは何か」という課題が提示されました。それに対して、当時の金融庁斎藤市場課長から「単なる経済的な利益が一番得られるものということではない」と考える旨の発言がありました。この折は、私は市場WGの委員ではなかったのですが、傍聴席でこの議論を興味深く聞いたことを覚えています。

この最善の利益を探ることが、商品組成の第一歩、すなわちプロダクトガバナンスの組成時のポイントのように考えます。特に資産形成ではなく、資産活用、資産の取り崩しを想定すると、一般的に考えられる「リターンの最大化」よりは、「リスクの最小化」を念頭に置いた商品が求められるはずだと思います。

どんなニーズを持った潜在的な消費者がいるのかを調べるために、顧客調査または消費者調査をすることも重要になると思います。市場制度WGの議論では、「マーケット・イン」の考え方として指摘していました。

組成時の商品コンセプト:顧客ニーズを反映する

若年層の資産形成が目的である資産運用では、長期・分散・積立でリスクを軽減することが可能であればハイリスク・ハイリターンを求めることが可能です。これを念頭に置くと、「収益率が高いことが良いこと」になりがちなことです。

しかし私が専門にフォローしている退職世代は、投資信託で運用を続けながら少しずつ取り崩す生活になりますから、「最善の利益」とは「リスクが低い運用」に近づきます。また商品で言えば、毎月分配型投資信託は、現役世代の資産形成にはそぐわないものですが、取り崩しを考える資産活用世代には使い方を考えれば適切な商品ともなりえます。

プロダクトガバナンスは、どういった属性の顧客(例えば退職世代)がどういった最善の利益(例えば収益率は3%程度で低リスク)を求めているかを調査し、推計し、それを具現化することで、顧客属性に合った商品を作り出し、それが継続されているかどうかをモニタリングしていくプロセスではないでしょうか。

共感を求める消費財アプローチ

一般の消費財では、こうしたアプローチは多いはずです。例えば、車のコマーシャルでは、車体の高性能を訴えるばかりでなく、その車がもたらす生活、カーライフ(この言葉も特徴的ですが)を訴求することも多いと思います。また事故を起こさない車のコンセプトを提示することもあります。どんなカーライフを描いているか、それを達成するために必要な車とはどんな車なのか、SUVなのか、スポーツカーなのか、ワンボックスカーなのか、どんな機能を優先させている車なのか、とつながっていきます。

消費者が持つ潜在的なニーズと商品コンセプトが一致することで、消費者の共感を得るのが近道だとすれば、金融商品でも同様に顧客のニーズ(最善の利益)を探り出して、それを「商品化」することが大切になるはずです。顧客が共感できるためには、この投資信託でどんな目的が達成できるかを示す必要があると思います。

顧客に対する情報提供

情報提供の根底にも、顧客の最善の利益とそれによって達成できる目的を置いてもいいはずです。そうすると、プロダクトガバナンスが、商品や運用会社のブランディングにもつながるはずです。

もちろん運用会社が直接顧客との接点を持つことは簡単ではありません。セミナーや対話集会をこまめに開催してメッセージを伝え、共感を高めていく方法もあります。しかし、すべての投資信託でそれができるわけではありません。顧客と接している販売会社の方が顧客との接点は多いので、顧客との情報のやり取りが間接的に運用商品に対する顧客の共感をもたらすことも可能なはずです。

商品組成後の対応

組成時に顧客属性が明示できれば、その後は「商品そのものが当初の設計通りの顧客属性にあった特性を提供しているか」、「その顧客属性にあった投資家がこの投資信託を保有しているか」の2点を確認することが重要になってきます。

前者は運用会社の内部で検証することができますが、後者は顧客との直接的な接点がない場合には販売会社の協力が不可欠になります。情報を販売会社と共有できるのか、その視点から外れているとわかったときにどういった対応をするのか、といった点を事前に決めておくことも大切になります。

なお、情報の共有の実効性を確保するために、WGでは共通のフォーマットの導入が議論されました。個人的には、フォーマットは必要だと思う一方で、それが出来上がるとフォーマット作成が独り歩きして、それを書くことが目的になりかねないと懸念します。

プロポーショナリティ:何から、どこから始めるか

プロポーショナリティは、商品の複雑さやリスクといった商品特性を鑑み、「プロダクトガバナンスの確保により得られる便益とそれに要するコスト等が釣り合いの取れたもの(報告書P5)」であるべきだという現実的な対応を考慮することです。

既に投資信託は5000本以上市場に投入されており、そもそも組成時に想定顧客を明示できていなかったものもあるでしょう。また小規模の運用会社や、新規参入の運用会社の場合、どこまで対応できるかといった視点も必要でしょう。どの投信から、どの点を、どのように手を付けるのかに関して、当局も継続的に関与して欲しいと思います。

毎月分配型投資信託をレビューして欲しい

ところで、プロポーショナリティの例示として、報告書P5では「シンプルなインデックス投資を行う金融商品については最低限の必要な対応を行う一方、複雑な又はリスクの高い金融商品については、より慎重かつ重点的に取り組む」ことが示されています。ただ、資産の取り崩しを主要フィールドにしていると、最初に手を付けて欲しいのは毎月分配型投資信託だと考えています。

2023年の「資産運用業高度化プログレスレポート」のプロダクトガバナンスの欄で、毎月分配型投資信託を「分配型投資信託の保有者のうち、20代、30代、40代といった資産形成層の割合は、全体の43.2%と高い。分配型投資信託は、資産形成層には不向きな面もあるが、組成時に想定したとおりの商品提供が行われていない可能性がある」(P17)と指摘しています。まさしくプロダクトガバナンスの必要性を示していると思います。

保険商品などにも対象を広げて

そもそも市場制度WGにおけるプロダクトガバナンスの議論は、投資信託を念頭においてきたのですが、「顧客本位の業務運営の7原則」のうち原則6に注の形でプロダクトガバナンスの項目を入れたことで、運用会社や販売会社が「金融事業者」と表現され、投資信託が「金融商品」と表記されることになりました。これは非常に重要な点だと思っています。

プロダクトガバナンスの議論が、投資信託に留まらないで、他の金融商品、例えば仕組債や保険商品などもでも同様に求められるということです。

資産の取り崩しも潜在的ニーズ

また報告書のP3の最後のパラグラフに記載されている「潜在的なニーズを含む顧客の資産形成等に係る真のニーズを捉え」という表現は、「潜在的」とか「真の」という言葉の意味が重要だと考えています。顧客の求める「ウオンツ」に応えるのではなくて、まだ顕在化していないが本来的に必要となる「ニーズ」に応えるものを提供することが重要だと理解しています。

さらに資産形成等の「等」には、資産形成以外の部分、例えば保険だとか、資産の取り崩しといった金融サービスも含まれると理解しています。

より広い視点でプロダクトガバナンスを捉えていくべきではないでしょうか。