私の心情(210)―地方都市移住57-黒部のパッシブタウンを訪問
自然の力を取り入れて熱効率を上げ、カーボンニュートラルを目指すパッシブタウン構想
10月20‐21日で富山県黒部市に取材に行くチャンスがありました。黒部市の人口は4万人弱と小さな街ですが、宇奈月温泉も良かったし、黒部渓谷セレネ美術館の絵画にも感銘を受けました。ただ、折角なので、先進的な省エネ・創エネ・カーボンニュートラルを目指すパッシブタウン構想を退職世代の地方都市移住の視点から見てみようとメモを取ってきました。
そのメモをまとめている最中の10月30日付けの日経新聞には『富山県、人口100万人割れ間近 悩ましい「製造業立県」』というタイトルの記事が載りました。そのなかで気になったのが、「製造業への依存度の高さが、将来の人口に影響する若い女性の流出につながっているとの見方もある」との指摘です。工場誘致が必ずしも長期的な人口減少対策になり得ていないというのは、ちょっと驚く指摘だったのですが、「企業誘致の前に地元に需要をもたらす退職者(退職金を受け取り、相続人でもあり得る)の移住を進めるべきではないか」とする私の持論に、もしかすると何かつながる点があるかもしれないとも思えてきました。
地方都市移住、生活費の削減が狙い
まずは退職世代の地方都市移住に関して、改めて2023年の「60代6000人の声」調査からポイントを紹介しておきます。回答者のうち東京・大阪・名古屋市に居住する60代2149人のうち、6人に1人が地方都市移住を検討している(していた)と答えています。
また、実際に地方都市に移住した435人のうち72.6%が移住して良かったと回答し、その31.4%がそう評価した理由に「生活費が削減できた」ことを挙げています。退職後に地方都市移住を考えている人は、生活費の削減を大きなポイントとして考えていることがわかります。
生活費のなかの冷暖房費
生活費の削減に効果があるのが住居費になります。小売物価統計調査(2021年)による民営家賃でみると、東京を100として、人口30万人以上の都道府県庁所在都市の家賃はほとんどが半分以下の水準でした。また消費者物価地域差指数でも東京と比べると多くの地方都市は低くなっています。ただ、よく言われるのは、北の地域ほど冬場の燃料費が嵩み、そのコスト負担が懸念されるという見方です。特に昨今のように燃料費が高くなる傾向では、より気にかかる点でもあるでしょう。もちろん退職者層にとっても大きな負担となるはずです。
自然の力を取り入れて熱効率を上げ、ノーカーボンを目指すパッシブタウン構想
今回、省エネ・創エネ・カーボンニュートラルな街づくりが進められている富山県黒部市の「パッシブタウン」(YKK不動産)を見学するチャンスを得ました。
金融業界にいると、パッシブとアクティブは、運用方法でしか使わないのでピンときませんでしたが、パッシブタウンのコンセプトは、自然の恵みを十分に享受することで、化石燃料の積極的(アクティブ)な消費を極力抑えるローエネルギーな街づくりという意味とのこと。
計画的に落葉樹を敷地内に植えて夏は葉が生い茂ることで陽射しを避け、冬は葉が落ちることで光を通しやすくするとか、通年でほとんど温度の変わらない地下水をふんだんに利用し、夏の北東から吹く卓越風を取り入れやすい住棟配置・間取りを取り入れるなどをしています。また富山県内の端材を使った木質バイオマスボイラーを使うことで熱効率を高めるとか、高断熱の樹脂窓で断熱性を向上させる、といったことが街全体で取り込まれています。
家賃は地元相場を大きく上回るが東京と比べれば大幅に安い。光熱費も大幅カット
2011年から第1街区の工事がスタートし、2025年に第5街区の完成を目指しています。各街区でそれぞれ設計者が異なり時期も違うことから、エネルギーに対するパッシブな知見をベースにしているとはいえ、違ったコンセプトで作られています。
第1街区(36戸)は太陽光と木質バイオマス発電を熱源の柱にして、セントラル管理の床暖房と床涼房が全戸に設置、第2街区(44戸)は窓・壁だけではなくベランダと室内をつなぐ部分にまで断熱を施し、第3街区(37戸)はもとのYKKの社宅を活用する省エネ住宅で外壁・窓の断熱性を高めて冷暖房費を8割削減する単身向け専用、といったコンセプトがそれぞれにあります(第4街区は保育園)。そして現在工事が進められている第5街区(85戸)は、太陽光発電で得た余剰電力を水素に変換して貯蔵し冬に利用する水素エネルギー供給システムを実装する計画となっています。
ところで、パッシブタウンのコンセプトが住宅費にどれくらい影響しているのかが気になるところです。第1街区の3LDKの場合、家賃は19万円と地元近隣の相場と比べると2倍ほどの高さとのこと。とはいえ、東京からの移住を念頭に考えると、3LDKで19万円は十分に検討できると思います。光熱費に関しては、床暖冷房のコストは共益費(月額1万円)に組み込まれているので、冬場の暖房費の変動を気にする必要はないとのこと。この点は、居住者からは高い評価を得ているようです。
退職世代の最終地点の前に経験すべきところ
退職世代が移住するという視点で、このパッシブタウンをみてみると、もちろん課題もあります。まず、すべてが賃貸であることで、ここに住み続けるという前提がなかなか成り立たないことです。YKK不動産の担当者に伺うと、「パッシブタウンの位置づけは永住というよりも通過点。ここを使ってもらうことで、省エネ・カーボンニュートラルの意味やメリットを実感して、将来の自分の家を購入するときにそうした知見を意識してもらえるようにしたい」との実験的な立ち位置とのことでした。
素晴らしい理念ではあるものの、60代からの生活を考えるうえでは、ここはやはり通過点として、もっと早い年代のうちに経験しておくべきものなのかもしれません。