私の心情(195)―資産活用アドバイス77-デキュムレーションの言葉の定義
米国でもデキュムレーションは難しい
6月に、韓国ソウルで開催された国際会議で、「ライフタイム・インカムと退職の再定義」と題するセッションに参加してきました。そこでご一緒した米国と香港の登壇者は、日本と同様に、せっかく作り上げた資産を一気に現金化させてしまう傾向が非常に強く、「使いながら運用する」という姿勢が弱い点を指摘していました(詳細は「私の心情193-海外におけるDecumulation議論」を参照)。
資産を運用しながら少しずつ取り崩すというデキュムレーションという考え方は、進んでいるといわれる米国でも簡単ではないようです。どれだけ先進的な商品やサービスが開発されても、生活者がそれを受け入れる素地が無くてはなかなか広がるものではないようです。
資産の取り崩しに関する新刊を上梓へ
ところで8月24日に日本経済新聞出版から、新しく資産の取り崩しに関する弊著が上梓されます。まだ本のタイトルは確定できていませんが、「60代からの資産“使い切り”法~今ある資産の寿命を延ばす賢い「取り崩し」の技術」(仮)となる予定です。
資産をどうやって取り崩していくべきかという、これまであまり議論されてこなかった分野を取り上げていることもあって、言葉の定義にかなり苦労しました。よく登場してくるのは、「資産形成」、「資産運用」、「資産活用」、「引き出し」、「取り崩し」といったお金と向き合うために使う言葉です。言葉の定義は「資産の取り崩し」を生活者が受け入れてくれる素地になるものなので、大切だと考えています。
資産形成/資産活用と資産運用の違いは、目的と手段
若い人たちのなかでもはっきりしていないのが「資産形成」と「資産運用」の違いではないでしょうか。私は、「資産形成」が目的で、「資産運用」が手段だと考えていて、根本的に違うものだと思っています。
「資産形成」は、投資信託や株式で資産を作り上げることのようにとらえられがちですが、預金で資産を作ることもれっきとした「資産形成」のひとつです。有価証券で「資産運用」をすることは、預金と同じように、その目的を達成する「手段」のひとつだとみるわけです。預金と有価証券の手段としての違いは、有価証券であれば、毎月積み立てている資金とその運用成果である儲けの2つが資産を積みあげる力になり、現状の預金では金利が低すぎるため、前者の力だけで「資産形成」をするというだけのことです。
目的として定義した「資産形成」の対となる言葉として、私は「資産活用」を使っています。グラフに示したような、山を登るのが「資産形成」なら、山を下るのが「資産活用」という意味です。もう少し厳密に「資産活用」を定義すると、退職後の生活の満足度を引き上げるために、①生活費をコントロールすること、②長く働いて勤労収入を得ること、③年金を効率的に受け取ること、そしてそれらを前提にして、④運用しながら資産を効率的に引き出すこと、までを含む包括的なアイデアだと考えています。
デキュムレーション=資産活用、アキュムレーション=資産形成
ちなみに英語では、ここ20年くらいの間で欧米の金融業界を中心に、「資産形成」にあたるアキュムレーション(Accumulation)の対になる言葉として、デキュムレーション(Decumulation)という言葉を使うようになってきました。「資産形成」の対になるので、デキュムレーションの訳が「資産活用」ということになりますが、狭義の意味では、先ほどの④の部分、すなわち運用しながら資産を効率的に引き出すことを指す場合も多いように思います。
こうして順序だって説明すると、「資産活用」という言葉も腹落ちするかもしれませんが、普通の人が何の説明もなく「資産活用」という言葉をみると、なんか土地活用みたいなものを想像してしまって誤解を生じかねません。「資産活用」という考え方を広めようと思っても、その言葉そのものが十分に中身を伝えられていないので。言葉が生きていないのです。
取り崩しと引き出しの違いは
同じように悩んでいる言葉が、「取り崩し」です。この言葉には、どこかちょっとネガティブな響きがあるからです。また、「引き出し」とどう違うのか。それぞれの使い方には差異があるので、それに沿って私はできるだけ使い分けようとしています。例えば資産の取り崩しと引き出しという2つの言葉。同じように資産を引き出していることなのに、どう違うのか。
私は、その基本は、「取崩額=引出額-運用による増額」という関係にあると考えています。例えば、資産から100万円の「引き出し」をしても、運用で80万円分増えていれば、「取り崩し」は20万円となります。運用しながら少しずつ資産を引き出す場合には、資産からの引出額と資産の取崩額とは一致しないというわけです。
「取り崩し」と「引き出し」の理解が進むと、資産を取り崩して生活を充実させることに、これまでほど躊躇しないで済むのではないでしょうか。もっとお金を使いやすくなるかもしれません。今回の本がそんなことに少しでも貢献できればうれしいことだと考えています。