私の心情(183)―お金との向き合い方62-資産運用業高度化プログレスレポート、9つのポイント
4月に金融庁は「資産運用業高度化プログレスレポート2023 ―「信頼」と「透明性」の向上に向けて―」をリリースしました。そのなかで私が気になったポイントについて簡単にコメントします。
「貯蓄から投資へ」⇒円グラフ・ロジックからの脱却
「はじめに」の章は、資産所得倍増プランの記述から始まっていますが、そこに挙げられた表現は「貯蓄から投資へ」ではなく「貯蓄から資産形成へ」でした。これは私にとっては高く評価できるポイントだと思いました。
「貯蓄から投資へ」は、日米の個人金融資産の構成比を円グラフにして、「日本は現預金が5割を超えているのに対して、米国は有価証券がほぼ5割に達している」という事実から、「貯蓄を減らして有価証券を増やすべきだ」というロジックで語られてきました。すでに20年以上言われてきましたが、全く変化がありません。高齢者が6割以上を保有する状況下で、「貯蓄から投資へ」は「高齢者に貯蓄を下ろして株や投資信託を購入すべき」というメッセージに他なりません。これは国を挙げて進める政策ではありません。
「貯蓄から資産形成へ」があるべき姿
個人金融資産への資金流入が増えること、そしてその流れる先が有価証券になること、が本来の目指す方向です。収入から銀行預金へではなく、収入から有価証券への資金流入が必要で、これこそが資産形成と呼ばれるものです。2014年のNISA導入後に金融庁は「貯蓄から資産形成へ」とメッセージを変えてきましたが、改めてこのレポートでは「貯蓄から投資へ」ではなく「貯蓄から資産形成へ」と明確に示しています。
適切なら開示しょう
気になるグラフは図1‐7の「世界各国のファンドの運用担当者氏名開示状況(本数割合)」でしょうか。台湾、タイ、アメリカ、インド、韓国などはほぼ100%のファンドが運用担当者の氏名を開示しているなか、日本は断トツで低く、わずか2%に留まっています。氏名を開示することが運用体制の良否に直結するとは思えませんが、その裏にある姿勢にこそ課題がありそうです。
反論意見として紹介されている「組織として同水準の運用の質を維持できるよう適切な体制が確保されており、開示は不要である」との表現こそ、その課題を示しているように思います。適切な体制が確保されているからこそ開示できるはずです。
顧客属性把握の重要性⇒毎月分配型投信の正しい評価につながる
P18の図1‐15「分配型投資信託保有者の年代別構成」は、運用会社・販売会社にとっての顧客属性の理解の重要性を示しています。毎月分配型投資信託に対する評価は厳しいものですが、資産活用=デキュムレーションの面からは、分配金という仕組みは活用しやすい特徴です。
デキュムレーションでは取り崩しは必要不可欠な機能です。投資家が理解しているのであれば、元本を取り崩しても問題ないはずです。にもかかわらず「資産形成には投資効率を下げる」ということで批判されています。資産形成には取り崩しは論外ですが、資産活用(デキュムレーション)には必要な機能なのです。
しかし、グラフは分配型投資信託の保有者の6割近くが20‐50代の現役層であることを示していますから、明らかに顧客属性と商品がマッチしてないことを示しています。顧客属性をしっかり把握しないと、せっかくいい機能を持っている分配型投資信託が、いわれのない批判にさらされ続けることになります。
ファンドラップの3つの課題
P21の「ファンドラップの付加価値の明確化」と題した部分では、ファンドラップに関する3つの課題を提示しています。具体的にはサービスの内容にアドバイスが含まれているのか明示していない、提供される付加価値の説明と手数料の構造の定義と明確化が進んでいない、運用コース別のコスト控除後のパフォーマンス・手数料の定義・構成が開示されていない、の3つです。
手数料の明確化⇒どのサービスにいくら払っているか
このなかで、手数料の明確化が最重要だと思います。ここでいう明確化とは「サービスの内容とその手数料が紐づいて説明されている」ことです。顧客からみると、「どのサービスにいくら支払っているのかがわかる」ように示されることです。
そもそも投資信託にかかるフィーは、どんな種類のフィーでもその商品に紐づいたものになっています。ファンドラップでも、商品購入前のライフプランに(レポートでは資産運用計画と表現)かかるアドバイスであっても、そのフィーが商品であるファンドラップに紐づけられている限り課題が残ると考えます。もちろん、販売手数料や投資信託の代行報酬といったアドバイスと紐づいて明確化されていないものはなおさらです。ファンドラップの登場に伴って商品だけでなくアドバイスも提供するという流れは高く評価できますが、やはりそのフィーは商品に紐づかないものに変わっていく必要があると感じます。詳しくは私の心情169「新生NISA、手数料の明確化への試金石となるか」、私の心情154「手数料の「明確化」」をご覧ください。
代行報酬の納得性
この点は、P23からの「投資信託の手数料の明確化」にも引き継がれ、代行報酬がアフターフォローの負荷量と連動していない点を指摘しています。米国のミューチュアルファンドが販売会社の取り分(12b‐1)でアクティブとパッシブに違いがないのに、日本ではアクティブファンドの代行報酬が高いことをグラフで示しています。
プラットフォームの重要性
P26の「販売チャネルの多様化」では、他業態からの参入を期待するコメントが加えられています。参入先としては、金融商品仲介業と金融サービス仲介業が明示され、そのためのプラットフォームを提供する金融機関や、金融商品仲介業と提携する直販の資産運用会社などの前向きな実例が登場していると紹介しています。改めて、アドバイスを提供する環境としてのプラットフォームが不可欠だと思います。
投資信託の定性評価
P36の「リテール向け運用サービスの定性評価」では、「運用商品やサービスの質的競争の促進に向けて・・・・評価会社が利益相反を適切に管理したうえで、運用商品やサービスの定性面での評価を充実させることが望ましい」と記しています。これは重要な提言だと思います。
ファンドアナリストの必要性
私事ですが、1990年代前半、ニューヨークで金融業界を担当するアナリストをやっていたころ、リッパーとか、モーニングスターといった、ミューチュアルファンドの投資評価を行う企業に注目していました。株式アナリストが上場株式のバリューを評価するように、ファンドアナリストはミューチュアルファンドのバリューを評価していました。確かに、株式もミューチュアルファンドもともに個人が投資する金融商品ですから、同様な分析結果があれば助かります。2000年前後、日本の外資系証券の調査部に勤務していたころ、その思いを持って日本でファンドを分析する組織を立ち上げ、2名のファンドアナリストを採用しました。残念ながら長くは続きませんでしたが。
数量面での分析だけではなく、投資哲学、投資プロセス、運用体制など定性的な部分も調査して、それを公表するという仕組みが重要だと思います。改めて、ファンドアナリストの存在の重要性を想起させてくれました。
基準価額の一者計算
P38からの「投資信託の計理事務と運用の分離」では、投資信託の基準価額を計算する際の一者計算への移行を進めることが期待されると指摘しています。日本では「マテリアリティポリシー(閾値以上の基準価額の計算過誤に対する方針)の存在に対する認識が普及・浸透していない」とのことで、長く進展しませんでした。しかし、投信コストの軽減を図るという視点のもと、今回のレポートでは、その進化を期待する先として、「信託銀行各社」を明示しているのも重要なポイントといえます。
確定拠出年金の商品選定⇒運管系列の色合い
2022年のレポートでも言及されていたDC(確定拠出年金)ですが、昨年は企業型確定拠出年金に限定されていました。2023年では企業型のほかにiDeCoにも言及して、より課題を拾い出しています。加入者の資産選択における運営管理機関の影響が強いことを、運営管理機関ごとに商品別、系列運用会社別のグラフを用いて示しています。我々の世界では言われていることながら、改めて数字で示されるとやはり課題が多いことが印象付けられます。
採用本数35本の上限の課題
また確定拠出年金の採用本数に35本という上限が決められたことに関しては、私は以前から釈然としない気持ちを持っていました。「選択肢が多いと選ぶことができない」という「行動経済学の知見」で導入されたものの、それが本当に加入者のためになっているのかどうかを疑問に感じていました。
実務的には上限に達すると投信の入れ替えが難しくなるなどの指摘もありますが、米国でも英国でも本数上限を採用している話を聞いたことがありません。米国ICIが2022年8月にリリースしたレポート「Ten Important Facts About 401(k) Plans」では、カテゴリーごとの平均提供本数を示したグラフを載せていますが、その合計は41本を超えています。コメントでも、「401(k)では多くのInvestment Optionが提供されている」としていますが、平均が41本強ですから多いプランでは100を超えているのではないでしょうか。多くの商品が採用され、そのなかから初心者向け、知識のある人向けといった選択肢の整理はできるはずです。
今回のレポートでは「資産運用会社間の公平な競争を促す観点から」との理由を挙げて、「金融リテラシーの低い加入者には限られた本数の運用商品を厳選し、高い人には幅広い選択肢から選べるような制度設計が理想的である」と指摘している点には極めて同意できるところです。