私の心情(167)―資産活用アドバイス62-老後資産は年金までのつなぎ資金なのか
「私の心情159」、「私の心情160」、「私の心情166」では、「60代6000人の声」アンケートの分析結果から、60代の満足度と資産水準の関係を分析しました。今回は、60代をセグメントに分けて、それぞれに重回帰分析を行って世帯保有資産が、どの層に影響を与えているかを考えます。
具体的には、「私の心情166」で紹介した世帯保有資産2000万円以下の層とそれを超える層での比較のように、今回は「働いているか否か」、「年金を受給しているか否か」でそれぞれ2つのセグメントに分け、生活全般の満足度に対する世帯保有資産の影響度を重回帰分析を行って、比較しました。
退職者、年金未受給者の満足度に影響が強い世帯保有資産
下の表のなかで注目して欲しいのは、「P値とその有意水準」です。有意水準が1%でP値が小さい場合、「2つの間に関係しない」という帰無仮説を有意に棄却できると読みます。回りくどい言い方ですが、すなわち「関係があることが有意に認められる」という意味です。
その点に注目してみると、世帯年収はどちらの層にも有意に影響していますが、世帯保有資産は退職者層にだけ有意に影響していることがわかります。また同様に年金受給者と未受給者では、世帯所得はともに有意に影響しているのもの、世帯保有資産は、年金未受給層にのみ影響していることがわかります。
この2つからわかることは、世帯保有資産はすべての60代に生活全般の満足度を与えるというのではなく、特に退職をしている人、年金を受給していない人に有意にプラスの影響を与えているということです。
退職してもまだ年金を受給していない人は意外に多い
60代6000人アンケートでは、回答者はすべて60代ですから、実際に退職しているか、またはまだ退職していなくてもそれを強く意識している世代です。しかし分析をしてみると、思った以上にばらつきが大きいことも確かです。回答者6486人のうち、退職している人は3734人、57.6%、年金を受給している人は3504人、54.0%と、どちらも過半を占めています。ただ、退職しているのに年金をまだ受け取っていない人や仕事をしながら年金を受給している人も一定数います。
そこで60代を、勤労と年金で4分類して平均年齢と重ねてみると、
①働いていてまだ年金を受取っていない1775人の平均年齢は62.0歳なので、「60代になったけどまだ現役で働いていて年金も受け取る年齢には達していない人」となります。
②退職したがまだ年金を受取っていない1207人の平均年齢も61.8歳で、「年金を受取れる年齢ではないが既に退職してしまっている人」でしょう。そして
③退職していて年金を受取っている2527人の平均年齢は65.9歳で、この層が一般的な「退職世代」といっていいでしょう。もちろん
④年金を受取りながらまだ働いている977人もいます。その平均年齢は65.4歳ですから、「65歳を超えても年金を受取りながら仕事を続けている人」といえるでしょう。
資産は年金受給までの「つなぎ資金」なのか?
この4つの分類と重回帰分析の結果を重ねてみると、年金を受給していないで退職している人、すなわち上記の②の層において、最も世帯保有資産が生活全般の満足度に影響を与えていると考えられます。
この結果に若干の危惧を覚えました。というのも②の層で、世帯保有資産が生活全般の満足度に有意な影響を与えていたとしても、年金を受取るようになったら(すなわち③の層に移ると)、世帯保有資産が生活全般の満足度に影響しなくなるわけで、資産が年金受取までの期間のつなぎ資金のように評価されているのではないかと考えられるからです。
生活を支える収入源が年齢とともに、勤労収入⇒資産収入⇒年金収入と変わっていくとするならば、現役時代の資産形成は「年金受給までのつなぎ資金」を作り上げればいいということになりかねません。だからこそ「私の心情166」でまとめたように、資産水準が2000万円以下といった相対的に資産額が少ない層ほど生活全般の満足度に対する影響度が大きくなっているのではないでしょうか。
今の60代は過度期?!
現在の60代は過度期にあるのかもしれません。年金は65歳支給への移行期にあたり、60歳で退職すると一部の特別支給を受ける人を除けば、まだ年金を受け取る年齢になっておらずに仕事もないという人が一定数いることになります(60代6000人アンケートでは18.6%)。
もちろん2021年の労働力調査によると60⁻64歳の就業率は71.5%とかなり高くなっていますが、令和3年賃金構造基本統計調査によると60⁻64歳の平均賃金が29.28万円で55⁻59歳の36.55万円から20%減少します。そのため、この期間に保有資産が生活全般の満足度に影響するのはよく理解できますが、年金を受け取れるようになれば、その影響度が有意でなくなるのはかなり心配なマインドセットに思われます。
保有資産は年金受給開始後にも頼りにされるべき
高齢者の勤労意欲の高まりから今後は65歳まで、さらに70歳までと働く年齢が延び、ある程度の勤労収入が見込めることが期待されます。それが60代、特に60代前半の人たちの保有資産に対するマインドセットを変えることにつながり、結果として年金受給が始まっても保有資産が生活満足度にプラスの影響を与えつづけるようになるべきではないかと考えます。