私の心情(166)―資産活用アドバイス61-2000万円は老後資金の目標値か?
「私の心情159」と「私の心情160」では、「60代6000人の声」アンケートの分析結果から、60代の満足度と資産水準の関係を分析しました。今回と次回はそのアンケート結果をさらに分析した結果をまとめます。まず今回は、日経ヴェリタスの昨年12月に寄稿した「2000万円問題は、60代に何を残したのか」でも紹介した60代にとっての2000万円という資産額の意味を考えます。
資産が多いほど満足度は高まる
注目点は、資産水準と生活の満足度の関係です。まずはグラフを見てください。
このグラフは保有資産額帯ごとに生活全般の満足度と資産水準の満足度の平均値を計算し、それを縦軸に、そして各資産帯の中央値を横軸に置いています。なお、このアンケートでは、生活全般の満足度、資産水準の満足度、ともに「満足できる」=5点から「満足できない」=1点までの5段階で回答していただいています。
満足度と資産水準は上に凸型の関係
グラフをみると、次の4点が特徴としてわかります。
- どちらの満足度でみても世帯保有資産が増加すると満足度が上昇する
- グラフの形状は途中で折れ曲がっていて、世帯保有資産2000万円前後あたりから満足度の上昇する角度が緩やかになる。行動経済学で言及されるプロスペクト理論の利得領域における凸型の価値関数の形状に似ている
- 資産水準の満足度で「どちらともいえない」=3点の水準に相当する資産水準をみると、2000万円を超えたあたり、生活全般の満足度では700万円を超えたあたりになる
- ほぼすべての領域で生活満足度の方が資産水準の満足度よりも高い数値を示している
世帯保有資産2000万円以下の層でのみ世帯保有資産は生活全般の満足度に影響する
そこで世帯保有資産2000万円が60代にかなり意識されているのではないかと考え、保有資産2000万円で区切った2つの層で生活全般の満足度に対する重回帰分析を行ってその比較をしました(その結果は下の表)。詳細は行動経済学会に報告したプロシーディングスに書いていますので、改めてそちらを紹介する際に記載します。特徴は、世帯保有資産の偏回帰係数の大きさとその有意水準です。
世帯保有資産2000万円以下層の偏回帰係数のP値は1%有意水準で小さくなっており、この層では世帯保有資産が生活全般の満足度にプラスに影響をしていることを示しています。しかし2000万円を超える層では有意にその関係が見られません。世帯年収はどちらの層でも生活全般の満足度に有意に影響を与えていますから、明らかに世帯保有資産は異なった特徴を持っているといえます。
資産水準2000万円が満足度の分岐点か
そこから推測される60代の資産に関する考え方は、保有する資産は多いほど満足度は高くなるが、2000万円を超えると少しくらい資産が増えても、それほど満足度が高まらなくなることです。さらに2000万円が資産水準の満足度でみると「どちらともいえない(=3点)」水準になっていることから、多くの60代が2000万円を満足度の分岐点、または目標点と考えているように窺えます。
これが「老後2000万円問題」の影響なのかどうかをみるためには、その問題が発生する前のデータとの比較は欠かせませんが、少なくともこのデータから推測すると、2000万円という資産の規模感が今の60代にとって資産水準の満足度を考える1つの指標になっているように映ります。
資産水準が少なくても生活の満足度は高くできる
そもそも生活に必要な資産額は人それぞれ違うはずです。もし「老後2000万円問題」が60代の価値観に何らかのバイアスをかけたとすれば、それは懸念を残すことになりかねません。ただ、ほぼすべての資産水準で、生活全般の満足度の方が資産水準の満足度よりも高くなっていることは多少なりとも安堵感をもたらします。
資産1000万円を保有する60代は資産水準の満足度では「どちらかといえば満足できない」水準ですが、その人の生活全般の満足度は「どちらかといえば満足できる」水準にあります。言い換えると、「資産水準に満足していなくても、退職後の生活全般には満足している」というのが、60代の比較的多くの方の実感なのかもしれません。
確かに2000万円問題の際に街頭インタビューに答えた人のなかには、「そんなに資産がなくても幸せに暮らすことはできる」といった批判もありました。資産額が満足する水準に達していなくても、退職後の生活全般そのものを満足するものにできている現実にはほっとします。