私の心情(136)―資産活用アドバイス51-公的年金を考える、第3回デキュムレーション研究会

前回のデキュムレーション研究会では、取り崩しのアイデアを議論しました。そのなかで公的年金の「繰下げ受給で年金収入の引き上げを想定すべき」との指摘があり、「それを入れると対応策がさらに複雑になる」、「税金や社会保険料増加の影響も考慮しなければならない」といった点にも議論が及びました。

それを受けて第3回の研究会(5月31日実施)では、年金に詳しいメンバーのひとりから公的年金の実情をまとめて報告し、それをもとに議論が2時間続きました。参加者全員が、「公的年金不安は煽りすぎ」という認識で一致していることもあり、「公的年金の不安鎮静化にはどうすればいいのか」にも話が向かいました。

直観に訴えて年金不安を払拭できないか

一般に、公的年金制度を支える人(現役世代)と支えられる人(65歳以上)の比率を模して、「お神輿型」から「駕籠型」、そして「肩車型」へとどんどん悪化するといわれて、将来不安をあおるメディアや有識者が多いところです。しかし。報告者の資料では、

「共働き世帯だと今の制度でも現在の高齢者(標準世帯)より受給額が多くなる」

「繰下げ受給で年金受給額が増え、税金や社会保険料が増えるのは事実。ただ、それほどの負担ではない」

「所得代替率が60%から50%に低下すると実質2割の受給額減になるといわれるが、その主因は計算式の分母である現役世代の収入増によるもので、分子である支給額(現在価値に換算)はそれほど大きく減らず、そう受給額でみると1割程度の低下に止まる」

「非就業者と就業者の比率は、長らく1倍弱の水準で推移し、これからもその程度で推移する」

など、実際に言われているような将来不安はないとの見解をまとめてくださいました。

そのうえで、「公的年金制度の将来不安は“直観に訴えるような形”で主張されているので、大丈夫だという趣旨も何とか直観に訴えるようなものにならないだろうか」とか、「枯渇するといったネガティブなイメージの言葉を使わないようにできないか」といったコメントで出ました。

その具体策として、「非就業者と就業者の比率」を使ったアプローチが良いとの指摘もありましたが、非就業者のなかには子どもたちも入っていることから、少し強調しすぎの感じがありそうです。学生に公的年金の実情を説明する際に、「若い人から退職者世代への「賦課方式」であることが制度の持続力を示している(減ることはあってもなくなることはない)、国も短時間労働者に対する厚生年金保険の適用拡大などの対策を講じている、老齢年金だけでなく、障害年金や遺族年金の機能も付いているなどを示すと、納得する大学生も多い」といった指摘もありました。

年金問題はデキュムレーションの視点ではなく財政問題になりがち

将来の自分の年金受給額がどれくらいになるのかを考えようとすると、いつのまにか「年金制度は本当に破綻しないのか」とか、「少子高齢化で受け取る年金額は大幅に減るはずだ」といった年金財政の議論になってしまいがちで、話がライフプランから遠のいていってしまうのが年金問題の特徴ではないでしょうか。

その最たるものが所得代替率の考え方だと思います。日本で年金の受給額を考える際によく使われる所得代替率ですが、これは分母に「現役男子の平均手取り収入月額」を、分子に「年金受給額」を置いて計算するものです。言い換えると、年金受給額は加入者平均手取り額の何割に当たるかという計算ですので、60%といわれてもそれは加入者の平均手取り額に対する比率でしかありませんので、自分の年収と比較できません。海外では、これが退職直前の年収(一般的にはこれが最も高い年収)を分母にして、受給額を想定しています。GPRR(Gross pension replacement rates)と呼ばれていて、OECDのPension at Glanceの2021では、日本の数値は平均所得層の人で32.4%、OECD38か国の平均値42.2%よりも10ポイントも低い水準になっています。

所得代替率が、年金の財政の議論で使われるのに対して、GPRRはより個人の年金受給水準の議論に近いものといえそうです。

デキュムレーションの視点で年金問題を考えると

年金受給をデキュムレーションの考えに取り入れるためには、「「ねんきんネット」で確認した実額から10%くらい少ない金額を将来の見込み額として考えて、これをベースに資産の取り崩しを考えるべきではないか」とか、「年金の受給額は基礎生活費に、資産の取り崩しはゆとりの部分に充当するといったサイフ分けがあると良いのでは」とか、「個人のALMを考える時期に来ている」といった指摘がありました。

また、依然として年金受給額が少ないと警鐘を鳴らすべきセグメントも多くあることも議論になりました。例えば、「共働きだといっても片方が非正規雇用だったり、アルバイトだったりして上積みにならない世帯も多い」、「50代には、シングルとか厚生年金の加入年数が不十分といった、将来受け取れる年金が少ない人も多くいる」、「現役時代に稼いでいる人ほど退職して生活費をコントロールできない人も多い」といった具体例も紹介されました。

改めて、退職後の生活を等式で表すと、退職後の生活費=年金収入+勤労収入+資産収入です。このなかで退職すると年金収入は所与の数字になりますから、最初にいつまでいくらの年収で働くことができるか(年金との見合いで考えることも必要か)、その次にどれくらいの生活費を見込むかを考え、それをカバーできる資産収入を想定する、といったプロセスが求められるといえるだろう。そのうえで資産収入が足りなければ、生活費を抑制するか、当初の設計よりも長く働くことが求められるかもしれません。

次回は、実際の退職世代へのアドバイス業務のなかから、デキュムレーションの相談や提案で課題になっている点などの体験談をファイナンシャル・アドバイザーの小屋さんから報告いただくことにしました。